第163話:アルゼリオス探訪

 ライルグッドからは王城で休めと言われていたが、まだ正式に領地を賜ったわけでもない平民が滞在するのは気が引けるとなり、カナタはリッコと二人で宿を取った。

 しかし、気が引けるというのはただの口実で、実際は二人で王都アルゼリオスを堪能したいという思いが強かった。


「勇者の剣を作り始めたら、観光している時間なんてないからな」

「さすがはカナタ君、わかっているじゃないのよ!」


 すでに日が沈み月が上り始めているのだが、アルゼリオスには夜がないのか街中はどこもかしこも明るいままだ。

 外灯が明るく照らし、建物の窓や隙間からも光が外へ漏れ出てきている。

 酒場から聞こえてくる賑やかな声のおかげもあり、二人は笑みを絶やすことなく夜の街を楽しんでいた。


「あっ! カナタ君、あっちの屋台も美味しそうだよ!」

「よ、よく食べるなぁ」

「冒険者は体が大事だからね! カナタ君だって食べて魔力を回復させるじゃないのよ!」

「……あれ? そういえば、城を出た時よりも楽になってるかも?」


 食事で魔力が回復するとは思っていなかったカナタは、自分の体が軽くなっていることに驚いてしまう。


「あれ? まさか、食事のことも知らなかったの?」

「……あぁ」

「うーん、カナタ君は色々と知識がちぐはぐなのよねー。まあ、環境がそうさせたから仕方ないんだけど」

「まあな。特に錬金術や魔力に関しての知識はほとんどないに等しかったからな。今はある程度わかってきたと思っていたんだが、そうでもなかったかぁ」


 そんな会話をしながらもリッコが目をつけていた屋台で食べ物を買い、邪魔にならない壁際に移動して口に運んでいく。


「……うん、これも美味しいわ!」

「確かに、美味いな」


 小さく切られた肉を串に刺して火で炙った串焼きだが、甘辛い味付けに食べる手が止まらない。

 購入していた十本の串焼きは、あっという間に二人の胃の中に吸い込まれてしまった。


「これなら、あと十本は食べられちゃうわね」

「いつもの俺なら腹いっぱいのはずなんだけど、今日はまだまだ入りそうだ。これもやっぱり、魔力を大量に使った結果なんだろうな」

「そういうことよ! よーし、それじゃあもっと食べて力を付けましょう!」

「……太るぞ?」


 カナタがぼそりとそう呟くと、歩き出そうとしていたリッコがピタリと止まる。

 しかし、振り返ったリッコの表情は何故か笑みを浮かべていた。


「ふっふっふーっ! 冒険者は食べた分をしっかりと動くから太らないのよ!」

「でも、今のリッコはそこまで活動できてないだろう? 大丈夫なのか?」

「そこも問題ないわ! カナタ君がこっちで作業を始めたら、私も冒険者稼業を再開するからね!」

「……一緒に残ってくれるのか?」


 目的地であるアルゼリオスに到着したこともあり、カナタはリッコがワーグスタッド領に戻るものと考えていた。

 驚きと共に声を漏らしたカナタだったが、その言葉にリッコの方が驚いていた。


「えっ? 最初からそのつもりだったけど?」

「そうなのか?」

「うん。……えっ、戻って欲しかったの?」

「ち、違うよ! 俺はその、嬉しいけど……ワーグスタッド領の方は大丈夫なのかなって。採掘も始まったばかりだし、別の鉱山だって開発に着手するんだろう?」


 ワーグスタッド領が抱えている未開発の鉱山は一つではない。

 さらに言えば、調査が進んでいない奥地に新たな鉱山が眠っている可能性も少なくはなかった。

 鉱山開発、未開地の調査、魔獣の討伐。

 カナタがワーグスタッド領にもたらしたものは非常に大きく、同時にやるべきことも増えている。

 そんな時にワーグスタッド家の長女であり、Bランク冒険者の実力を持つリッコが長期にわたって離れてもいいのかと心配になったのだ。


「私がいなくても、お父様なら問題なく全てをやってくれるわ」


 だが、カナタの心配をよそにリッコは自信満々に問題ないと口にした。


「言っておくけど、お父様は私よりも強いからね?」

「……えっ? Bランク冒険者のリッコよりも強いのか?」

「そうよー。お父様って、元はAランク冒険者だったもの。騎士爵を賜ったのだって、戦功を得てのものだもんね」

「……知らなかった」


 ブレイド伯爵家は初代が爵位を賜り、それを代々引き継いできた。

 ワーグスタッド騎士爵家もそうだと勝手に思っていたのだが、実際はスレイグが実力で賜ったワーグスタッド騎士爵初代当主だったのだ。


「まあ、一番の心配ってことで言うと、カナタ君謹製の武具防具の在庫問題よね」

「あー……大量に複製してきたから大丈夫だと思いたいけどなぁ」

「どうする? 今頃ロールズが泣いているかもよ?」


 どうすると言われても、アルゼリオスにいるカナタが何かをできるわけもない。


「……まあ、ロールズならなんとかしてくれるだろう」

「あっ、逃げた」

「何もできないから仕方ないんだよ」


 肩を竦めながら歩き出した二人。

 やや前を歩きながら美味しい屋台を探しているリッコを見つめながらカナタは――


「……ありがとう、リッコ」


 アルゼリオスに残ってくれる決意をしてくれた彼女に対して、小さな声でお礼を口にしたのだった。

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