第164話:エピローグ

「――それではカナタ様、リッコ様。私は一足先に領地へ戻りたいと思います」


 翌日、王城へ向かうとヴィンセントからそう告げられた。


「俺も行かなくて大丈夫ですか?」

「カナタ様は勇者の剣を作るという王命がございますから。説明程度なら私でも問題ありません」

「でも、説明するにも俺がいないと不都合な部分もあるんじゃないですか?」


 いきなり領主が悪政を敷いていたブレイド家の人間に代わるのだから領民は不安を覚えるだろう。

 その不安を排除するためにも、カナタ本人が顔を出した方がいいのではないかと思っている。

 しかし、ヴィンセントは笑顔でそれを否定した。


「ご安心ください。そもそも、私は最初から仮の領主でしたし、そのことは領民も存じております」

「……えっ? そ、そうなんですか?」

「はい。そして、次に領主となる方は私よりもより良い人選が陛下にてなされることも伝えておりますから、領民が意を唱えることはないでしょう」

「それって暗に陛下の意に背けないから仕方がないって言ってませんか?」


 わずかに顔を引き攣らせたカナタだが、ヴィンセントは全く不安な顔を見せない。それどころか自信満々ではっきりと言い放つ。


「何を言っているんですか? カナタ様こそ、私など足元にも及ばない素晴らしい人選ではないですか!」

「……どう思う、リッコ?」

「ヴィンセント様は単に練金鍛冶師のカナタ君の下につけるのが嬉しいだけだと思うわよ?」

「自分で言うのもなんだけど、だよなぁ」


 リッコに疑問を問い掛けてみると、カナタの思っていた通りの返事が返ってくる。

 そして、このやり取りをヴィンセントも聞いているはずなのだが全く気にすることなく満面の笑みを浮かべていた。


「……ま、まあ、いいや。それじゃあ、よろしくお願いします」

「お任せください! カナタ様の素晴らしさもしっかりと布教しておきます!」

「いや! それは必要ありませんからね! マジでお願いしますよ‼︎」

「はははっ! お任せください、はははははっ!」

「聞いてますか! ねぇ、ヴィンセント様! おぉーいっ!」

「……あらー、行っちゃったわねー」


 意気揚々と城をあとにしたヴィンセントの背中を見送りながら、カナタは大きく肩を落としてしまう。

 その肩をポンと叩きながらリッコが晴れやかな笑みを浮かべる。


「……なんで笑っているんだ?」

「だって、カナタ君が有名になるのは嬉しいことだもん!」

「それが元ブレイド家じゃなければ一番だったんだけどなぁ。……まあ、今は気にしても仕方がないか。とりあえず、王城に入ろう」


 目的は勇者の剣を作ることである。

 内心でヴィンセントが変な噂を流さないことを願いながら、二人は王城へ入っていった。


「――よく来たな、二人とも!」

「はっ! 陛下、この度はお呼び立ていただき誠に――」

「あー、よいよい。普段通りに話せ。堅苦しいのは面倒だ」


 挨拶も早々に、というか遮られたカナタを尻目に話は進められていく。


「カナタ・ブレイドよ。そなたに使ってもらう部屋に勇者の剣についての資料を集めさせてある。そこから情報を集め、勇者の剣を作ってもらいたい」

「最善を尽くします」

「よろしく頼むぞ」

「父上、グラビティアーサーを勇者の剣にするという案は――」

「却下だ! それでは我が勇者になってしまうではないか!」


 そういうことなのか? という疑問を口にすることなく、カナタたちは仲の良い親子のやり取りを眺めている。


「ゴホン! ……陛下、殿下。そろそろよろしいのではないでしょうか?」


 そこへアルフォンスが声を掛けると、二人してやや頬を赤らめながら居住まいを正した。


「お、おぉ、そうであったな。補佐にライルとアルをつける、しっかりと励んで欲しい」

「えっ? よ、よろしいのですか? 殿下もアルフォンス様もお忙しいのでは?」


 第一王子とその護衛筆頭が補佐というのはあまりにも異例な対応だろう。

 そう思い確認を取ったのだが、ライルグッドは笑みを浮かべてはっきりと口にした。


「問題はない。それに、勇者の剣が作れる人物を探すという王命は、それを作るまでが役目だからな。俺が適任というわけだ」

「私も護衛筆頭ですから。それに、一人の人間としてカナタ様に協力したいという思いもございます」

「……その、ありがとうございます!」

「うふふ。それじゃあ、しばらくはまた四人で行動することになりそうね」


 立場は違えど気心知れた四人である。

 カナタも一度笑みを浮かべると、すぐに表情を引き締め直してライアンを見た。


「必ずや、勇者の剣を作ってみせます!」

「よく言った! では、任せるぞ!」

「はっ!」


 こうしてカナタは王城に留まることとなった。

 勇者の剣ができるのかどうかはわからないが、それでも練金鍛冶の力を信じるしかない。

 カナタの新しい挑戦が、始まるのだった。


 第三章 完

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