第162話:一息ついて
温室での会談を終えたカナタたちは、ライアンと別れてライルグッドの私室へ移動していた。
色々なことが起こりすぎたカナタはぐったりしており、第一王子の前だというのに柔らかいソファーに深く腰掛けて大きく息を吐き出した。
「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……疲れた」
「お疲れ様、カナタ君」
労うようにカナタの肩を後ろから叩いたリッコは笑みを浮かべている。
「しかし、本当に俺が領主になるのか? 王命だから仕方ないけど、いまだに信じられないよ」
「そうだろうな。俺も驚いたぞ」
「殿下は本当に知らなかったんですか?」
「当然だろう。そもそも、領地持ちの貴族はそう簡単に生まれるものではない。それなりに成果を残すだけではダメで、誰もが認める明確な成果が必要になるのだからな」
「今さらだけど、ヴィンセント様はそれだけの評価を受けて引き継いだ領地を簡単に手放して良かったのかしら?」
リッコの疑問を受けて、今この場にいないヴィンセントのことをカナタは考えてしまう。
彼は賢者の石の錬金術ができたことで陛下に呼び止められてしまった。
本来であれば持ち主であるカナタも残らなければならなかったが、そこはライルグッドが頑として休ませると譲らなかった。
事実、カナタの体力は限界に近づいており、だからこそライルグッドもカナタの態度に何も言及していないのだ。
「あぁ、あいつは全く気にしていないと思うぞ」
「そうなんですか?」
「私も殿下と同意見です」
「アルフォンス様が言うならその通りね」
「おい、リッコ。俺の発言はどこに行ったんだ?」
「さあ、どこでしょうか?」
軽く睨み合った二人だが、それをカナタとアルフォンスはいつものやり取りだと眺めている。
それが気に障ったのか、結局は二人同時にそっぽを向いて話を戻した。
「……と、とにかく! ヴィンセント様は問題ないってことね!」
「そういうことだ。というか、あいつは最初の時点で渋っていたからな」
「そうなんですか?」
「はい。殿下が直接領地運営の話を持っていったのですが、あからさまに嫌な顔をされていました」
「全く。第一王子である俺に対してあんな顔ができるのはあいつくらいなもんだろうな。……いや、今はもう一人いるか」
「あら? それって褒めてくれているんですか、殿下?」
ニヤニヤしながらそう口にしたリッコを見て、ライルグッドは大きなため息をついた。
「でも、本当に心配だよ。領地の人たちはヴィンセント様の統治で親父の時よりも良い生活を送っているはずだ。それなのにまたブレイド家の人間が統治するってなったら、反発もあるんじゃないか?」
「そこは大丈夫よ。カナタ君は名前だけの当主になって、実質の統治はヴィンセント様がやるわけだし、領民にとっては何も変わらないんだからね」
「そこへカナタ様が作り出す素晴らしい商品が広まるわけですから、むしろ潤っていくのではないでしょうか」
「あっ、そこはちょっと考えます」
「ん? どうしてだ?」
アルフォンスの言葉に対しては即座に考えると口にしたカナタ。
何故かと疑問に思ったライルグッドが声を開けると、カナタはリッコを見ながら答えを口にした。
「俺はロールズ商会と専属契約を結んでいます。なので、俺の勝手で別の領地に店を構えるなんてできません」
「カナタも貴族になるのだから、そんなもの関係ないだろう」
「だとしても、俺は恩を仇で返すような真似だけはしたくありません」
「なるほどなぁ。……まあ、貴族として見れば全く理解できないところだが、一人の人間、一人の友人と見れば共感できるか」
ライルグッドが納得しているような頷きを見せている中で、カナタはまばたきを繰り返しながら彼の発言に驚いていた。
「……友人、ですか?」
「ん? 違うのか?」
「その、俺なんかが殿下の友人と名乗っていいものか、迷いますね」
「あら? 私はすでに友人を名乗れると思っているわよ?」
「リッコはもう少し……いいや、だいぶ自重した方がいいと思うがな」
「大丈夫よ、殿下! ちゃーんと弁えてますから!」
ジト目を向けられながらも気にすることなくそう言い切ったリッコは何故かドヤ顔だ。
ちょうどその時、ライアンへの報告を終えたヴィンセントが戻ってきた。
その表情は何故かとても晴れやかで、これでもかと賢者の石の錬金術について語ってきたのだろうと誰もが予想することができた。
「……陛下、大丈夫だったかなぁ」
「……いくらヴィンセント様でも、陛下相手に研究者モードにはならないんじゃないの?」
「……いいえ、フリックス様なら十分にあり得るかと」
「……父上、藪を突いたな?」
「いやー! 陛下は話を促すのがお上手ですね! これほど喋ったのはいつぶりでしょうか!」
大満足の笑みを浮かべたヴィンセントを見たカナタたちは顔を見合わせると、全員で苦笑いを浮かべたのだった。
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