第160話:カナタの家族

 カナタの体力が回復するのを待ってから、彼らは場所を移した。

 場所はライアンがよく足を運んでいる温室であり、ガラス張りの暖かな部屋だった。


「……うわー、綺麗な場所ですねぇ」


 感嘆の声を漏らしたのはリッコだった。

 それもそうだろう。何せ、温室の中もそうだが周りにも美しい色鮮やかな花々が咲き誇っていたからだ。


「素晴らしいであろう? ここは我の妻が丹精込めて管理をしている癒しの場なのだ」

「父上がここに他者を通すのは珍しいぞ。カナタは相当気に入られたみたいだな」


 ニヤリと笑いながらそう口にしたライルグッドを見て、カナタは恐縮してしまう。


「そ、そんな。俺なんて、まだまだな人間ですよ?」

「黒星の欠片を使って作品を作り上げておいて、それはさすがにないだろう」

「そうであるぞ、カナタよ。謙遜も過ぎれば嫌味になるのだから、気をつけるのだ」

「……は、はい。その、ありがとうございます」


 ライアンからも言われてしまえば言い返すことができず、カナタはお礼を口にする。

 それでも煮え切らない返事にライアンだけではなくライルグッドも顔を僅かにしかめるが、カナタの本質について知っているわけでもないので言及はしなかった。


「さて、カナタよ。こちらに呼んだのは勇者の剣を作って欲しいという話とは別に、いくつか伝えておかなければならないことがあったからだ」

「いくつか、ですか? それはいったい?」


 問い掛けながら横目でライルグッドを見たカナタだったが、彼もこの話は聞いていなかったのか小さく首を横に振る。

 何事だろうかと再び視線をライアンに向けると、大きく頷いてから口を開いた。


「うむ。まずは元ブレイド伯爵である、ヤールス・ブレイドについてだ」


 ヤールスの名前が出た途端、カナタの表情は一気に厳しいものになった。

 何故なら、ヤールスが殿下だけではなく陛下まで偽っていたことはすでに知っている。だからこそ、カナタ以外の家族に沙汰が下ったのだから。

 主犯であるヤールスは鉱山での永久労働、そして王命に異を唱えたことでラミアとユセフも同様の沙汰になった。

 しかし、次男以下は平民として生活を送っており、同じ沙汰が下るならカナタはすでに平民として暮らしている。

 追加で何かあるのではないかと、カナタはありもしない可能性を思い描いて緊張してしまっていた。


「あれはお主の父親であるが、今回の貢献を持って希望があれば鉱山から解放することも可能だ」

「……えっ?」

「もちろん、ヤールスだけではない。母親のラミア、そして長男のユセフも同様の処置をしてやれるが、希望するか?」


 ライアンもカナタがブレイド家を勘当されたことは知っているが、親と子の関係というものがそう簡単に切れるものではないと思っている。

 故に、カナタがグラビティアーサーを作ったことへの貢献で下された沙汰を変えてもいいと言ってきたのだ。


「父上。それはいささか問題なのではないですか?」

「どうしてだ? 黒星の欠片を使ったのだぞ? 素晴らしい作品ではないか」

「違います。問題なのは父上ですよ」

「……どういうことだ、ライルよ?」


 ヤールスたちに下した沙汰を変えることではなく、ライアンが問題だと口にしたライルグッド。

 その理由を聞くと、まさか全員が納得して大きく頷いてしまった。


「グラビティアーサーはあくまでも父上が駄々をこねたことでカナタが作ってくれたものです。それを貢献というのは……権力をいいように使っているのでは?」

「「「うんうん」」」

「ぐぬぬっ!? ……ち、違うぞ、カナタよ! 我は良かれと思って提案をだなあ!」

「あの、陛下には申し訳ありませんが、その提案は必要ありません」


 ライアンの職権乱用が問題視されている中、カナタはその提案を必要ないと一蹴した。


「……よいのか?」

「はい。今の俺にとって、ブレイド家は他人です。それに、本当の家族よりも大切な家族と、人と出会うことができました。だから、ヤールス・ブレイドたちに下された沙汰はそのままで構いません」

「そうか。全く、ヤールス・ブレイドはここまで実の息子に嫌われるようなことをしてきたのだな。本当に、お主が無事でよかった」

「あはは。ありがとうございます」


 ヤールスについての話は終わりとなり、ライアンは別の話題を持ち出してきた。

 しかし、この話題がカナタのこれからの人生において大きなターニングポイントになるものだった。

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