第158話:王の剣

 ――……光が収まった。

 頭の中に思い描いていた剣が出来上がったのかどうか、カナタはぼんやりとする視界の中で右手が握っている感触へ視線を向ける。


「……はは……で、できたぁぁぁぁ」


 視界は間違いなくぼやけている。

 しかし、不思議なもので握っている剣の姿形だけははっきりと見ることができた。

 漆黒の柄、左右対称に広がりを見せる鍔、そして黒と銀のグラデーションが美しい剣身。

 ただ、剣の姿形を見た途端から全身の力が抜けてしまい、膝がガクンと折れてしまった。


「カナタ君!」


 慌てた様子で体を支えたリッコ。

 すると、カナタの体は熱を帯びており、しかも段々と熱が上昇している。


「カ、カナタ君! 熱が!」

「……はは、さすがに、無茶をし過ぎた、みたいだな」

「医者を呼ぶんだ! 早くしろ!」

「私が行きます!」


 ライアンの指示を受けてアルフォンスが鍛冶部屋を飛び出していく。


「カナタ、横になっていろ」

「うわっ! ……これは、賢者の石?」


 ライルグッドが椅子を並べている中で、突如としてカナタの懐から賢者の石が飛び出していた。

 驚いたヴィンセントが賢者の石の動きを観察していると、枕の代わりになろうとしているのか椅子の上に移動してポンポンと叩いている。


「……これ、賢者の石だよな?」

「……だと思うのですが?」

「……賢者の石、だと? フリックス準男爵よ、報告を受けていないのだが?」

「あっ……い、今はカナタ様を寝かせましょう! 報告は後ほど!」


 ライアンがヴィンセントへジト目を向けると、彼は慌てた様子で話題を変えた。


「……まあ、確かにそうだのう。ライル、カナタを寝かせるのだ」

「はっ!」

「手伝うわ」

「助かる」


 リッコとライルグッドでカナタを担ぎ上げて椅子に寝かせる。

 上半身を持ち上げていたリッコが気づいたのだが、賢者の石からひんやりとした冷気を感じたのだ。


「……あぁ……気持ちいいよ」

「賢者の石が、熱を覚まそうとしているみたい」

「まさか! 賢者の石にそのような機能が備わっているだなんて! うぬぬ、素晴らしい!」

「ヴィンセント、出てるぞ」

「はっ! ……いや、今回は仕方がないと思います、殿下!」

「開き直るな!」


 ヴィンセントのせいで深刻な雰囲気はなくなってしまった。

 とはいえ、カナタの顔色は賢者の石のおかげで僅かによくなっている。そうでなければヴィンセントはリッコに怒鳴られていたことだろう。


「戻りました、陛下!」


 そこへ医者を連れて来たアルフォンスが戻ってきたので、リッコたちは少し下がって任せることにした。

 医者がカナタの状態を確認し終わると、ニコリと笑って問題ないと教えてくれた。


「魔力を一気に失ってしまい、魔力枯渇の影響が強く出てしまったのでしょう。しばらく休めば問題はありませんよ」

「そうか。助かったぞ」


 陛下の言葉に医者は頭を下げると、そのまま鍛冶部屋をあとにした。

 本来であればベッドのある部屋に運び入れる方がいいのだろうが、それをカナタが拒んでおりそのまま横になっている。


「今出て行ったら、目立つじゃないですか」


 というのが理由の一つだが、カナタは自分の体調が錬金鍛冶が終わった直後よりもだいぶ良くなっている実感があったのでそう口にしたのもあった。

 リッコは心配そうに見ていたが、カナタがニコリと笑うと苦笑を浮かべて小さく息を吐いた。


「……本当に、大丈夫なのね?」

「あぁ。俺は良くなっているから、剣を見てくれないか?」


 カナタの言葉を受けて、リッコを除いた四人は作業台に置かれている剣へ視線を向けた。


「……これが、我の剣か」

「……勇者の剣ではないですか、父上?」

「違う! これは我の剣だ! 誰にも渡さんぞ!」

「やはり、似たもの親子ですね」

「「似てないぞ!」」

「……はぁ」


 見たことのある光景にカナタが笑みを浮かべていると、一人だけぶつぶつと何か独り言を呟いている人物がいる。


「……黒星の欠片……素晴らしい……純精錬鉄もだがビッグホワイトスライム……ふふ、ふふふ」


 ヴィンセントだけは研究者モードに突入しており、賢者の石のことも含めてしばらくは元に戻りそうもない。

 ライルグッドたちも彼に関してはしばらく放っておこうと決めたのか、完全に無視をして剣にだけ集中していた。


「カナタよ、持ってみてもよいか?」

「もちろんです、陛下」


 立場的に緊張することがほとんどなくなっていたライアンだが、この瞬間だけは久しぶりに緊張を感じていた。

 ゴクリと唾を飲み込みながら、ライアンは漆黒の柄に手を伸ばし、ゆっくりと持ち上げた。


「……素晴らしいな。美しく、手に馴染む。そして――」


 そう口にしながら切っ先を作業台に向けると、ドンと音を響かせて一部が陥没してしまった。


「ち、父上! 何をしたのですか!!」

「重力操作の力も問題なく発揮できる」

「今のが重力操作の力なのですか」

「……す、素晴らしいです、陛下!」


 冷静にその力に驚嘆するライルグッドとアルフォンス。そして、自分の道を突き進むヴィンセント。

 しかし、一番驚いていたのは剣を握るライアンだった。

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