第156話:初めて見る光景

 素材が持つ力を増幅させるということは、黒星の欠片が持つ力を高めるということ。

 そして、黒星の欠片が持つ力というのが、重力操作というこの世界では誰も手にしたことのない能力だった。


「重力操作……って、いったい何ができるんだ?」

「重力と言うと、ものが下に落下する事象のことを言いますが、それでしょうか?」

「それはつまり……どういうことでしょうか?」

「私にもさっぱりわからないわよー!」


 しかし、誰も手にしたことのない力だからこそ、すぐにはどういう力なのか想像することができなかった。

 唯一こうではないかと考えついたのは、カナタだった。


「……ものを重くしたり、その逆も可能なのか?」

「おぉっ! その通りだ、カナタ・ブレイドよ! お主、なかなかに知識が深いな!」

「あ、いえ! その、恐縮です」

「ものを重くしたり軽くするって、何かいいことがあるの?

「それは当然だろう! ものを運ぶのが楽になるし、鍛冶をする時に重くできれば自分の力だけで打てなかった金属を成形することもできる!」

「……自らを軽くすれば、素早く動くことも可能かもしれませんね」

「ということは、斬撃に重さを上乗せすることもできるのか」

「……いいえ、それだけではないはずですよ」


 それぞれが重力操作の利便性を口にする中で、ヴィンセントは冷や汗を流しながら最後に口を開いた。


「重力操作の力の強さ次第ですが、相手の動きを阻害することもできるでしょう。もしかすると、阻害では止まらず封じることもできるかもしれませんよ」

「……そ、それだけの力を持つ剣が作れたら、それが勇者の剣になってしまうんじゃないのか?」

「それはダメだ! これは我の剣だからな!」

「……父上、それはさすがに」

「ダメだ! カナタ・ブレイドが我のために作ってくれる剣なんだからな!」

「……さすがは、似たもの親子ですね」

「いや、似ていないだろう、アル」

「……はぁ」

「ため息だと!?」


 二人の近くにいる人物であれば同じ感想を持っただろう。当の本人たちは全く気づいていないが。


「さて、それじゃあ作ってみるか!」

「ほほうっ! ついにカナタ・ブレイドの鍛冶が見られるのか、楽しみだな!」

「鍛冶……父上、先に伝えておきますが、今までの鍛冶の常識は忘れておいた方が良いと思いますよ」

「むっ? ……そうか?」

「はい。まあ、見ていてください」


 得意気になっているライルグッドに少しだけムッとしながら、ライアンは視線をカナタへ向ける。


「……何も道具を使わないのか?」


 ここまで来ると懐かしく感じる錬金鍛冶への驚きの声に、カナタは素材を眺めながら苦笑を浮かべる。

 一度気合いを入れ直すと、両手を前に出して錬金鍛冶を発動させた。


 ――カッ!


 過去のどの錬金鍛冶よりも、素材が放つ光は強くなっていた。


「ぬおおおおぉぉおおぉぉっ!? な、なんだこれはっ!!」


 あまりの眩しさに目を抑えながらライアンが悲鳴をあげる。

 すでに慣れている面々も、今回の光は直視することができずに腕で視界を遮っている。

 その中でカナタだけは眩しさも忘れ、真っすぐに素材を見つめながら錬金鍛冶の工程を進めていく。

 最初に行うのは素材融合の錬金術。

 しかし、今までは錬金術と鍛冶を別々にしか行ってきていない。

 一度の錬金鍛冶で錬金術と鍛冶を一つの工程に入れることでどうなるのか、それがカナタにとっては不安でもあり、楽しみでもあった。

 黒星の欠片と純精錬鉄の素材融合だが、本来は凄腕の錬金術師が複数人で何日も交代制で行うものだ。

 賢者の石の素材融合も同様のものであり、さらにいえば今回の錬金術よりも難易度は桁違いに高い。

 だからだろうか、カナタは黒星の欠片と純精錬鉄の素材融合をあっという間に終わらせてしまった。


「……は、早いなぁ」

「……これは俺も、初めて見ました」


 ライアンだけではなく、ライルグッドも今回の錬金鍛冶には驚きを隠せないでいる。

 それだけカナタの錬金鍛冶の技術が秀でているということでもあったが、この場で一番驚いていたのは錬金術師でもあるヴィンセントだった。


「……これは、現実なのでしょうか? 魔法陣もなしに、錬金術を?」

「まあ、鍛冶も道具なしでやっているわけだし、ありなんじゃないですか?」

「……た、確かにそうかもしれませんが、驚きを隠せませんねぇ、これは!」


 そして、驚きを興奮が上回ると眩しさに負けじと目を開けようと試みた。


「ぐはああああぁぁっ!? ま、眩しすぎる、悔しいですううううぅぅっ!!」


 だが、あまりの眩しさに屈してしまったヴィンセントは膝をついてしまった。


「……頑張れ、カナタ君」


 誰もが驚きを隠さない中、リッコだけはカナタの背中を見つめながら彼の成功を願っていたのだった。

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