第142話:情け

 本来であれば声を掛けられることもなければ、遠目からでも見ることがないだろう相手に声を掛けられたザッジはビクッと体を震わせる。

 それも当然で、相手はこの国の第一王子であり、言ってみればヤールスと共謀して騙していた相手でもあるのだ。

 鉱山送りも構わないと口にしてはいるものの、いざ処罰が下されるとなれば緊張してしまうものだろう。


「……は、はい」

「であろうな。その剣も、俺は何度も見た事がある」

「……申し訳ございませんでした。私は、ヤールスと共謀して殿下を騙しておりました。死罪でもなんでも、受け入れる所存でございます」

「そうか」


 ザッジの決意に対してたった一言そう口にしたライルグッドは、一歩ずつ俯いている彼へ近づいていく。

 そして、一振りでその首を落とせる距離まで近づいたライルグッドは、ザッジを見下ろしながらこう告げた。


「……お前の剣を最初に見た時、ブレイド伯爵もまあまあやるじゃないかと思ったものだ。何せ、ヤールスの一代前のブレイド伯爵はあまりにも酷かったからな」


 淡々と語り始めたライルグッドを見て、カナタたちは首を傾げてしまうが、彼の語りは止まらない。


「だが、視察のたびに同じ剣が出される事で憤りを覚えたものだ。なぜ鍛えようとしない、なぜ子息たちに教えないのだとな。だが、その剣を作っていたのが別の鍛冶師ならば頷ける」

「……はい」

「……一つ聞きたい。お前は、鍛冶の腕を鍛えているか?」


 まさかの問い掛けにザッジは下を向きながらも目を見開いた。

 ただ処罰を言い渡されるだけだと思っていたのだが、そうではないのだと頭の中で疑問がグルグルと回っている。

 しかし、ライルグッドの問い掛けに対しての答えは決まっていた。


「……私は、鍛えてなどおりません。過去に打った剣と引き換えにヤールスから金を受け取り、ただ飲んだくれていただけの落ちぶれた鍛冶師なのです」

「ザッジさん……」

「そうか、鍛えていなかったか。……ならば、その両腕の逞しさはどうしてだ?」

「――! こ、これは……」


 何かを言い掛けて、口を噤んでしまうザッジ。

 ライルグッドはそんなザッジをただ見つめるだけで、追及の言葉を口にはしない。彼が自らの意思で語り出すのを待っているのだ。

 しばらくして、ザッジが口を開いた。


「……私は、カナタの師匠になるはずでした。ですが、その時には飲んだくれて鍛冶も碌にしていない落ちぶれ鍛冶師になっていました。そんな時、私は不思議な現象を目の当たりにしたのです」

「不思議な現象だと?」

「はい。それは、あるはずのない真新しい私の剣が、工房に置かれていたのです」


 ザッジの言葉を聞いたカナタは、初めての錬金鍛冶がザッジの工房で力を発揮したのを思い出した。

 屑鉄の中に埋もれていた鉄のインゴット。それを手にした時に思い描いていたのが、ザッジの剣なのだ。


「当時の俺に、過去の俺が打った剣と同じものを打てるはずがない。何せ、何年も鎚を握っていなかったのですから。それなのに、目の前には真新しい剣がある。私はこれをカナタがやったのだと思いました。出来損ないと言われていた五男坊にできるはずがないのに、私はそう思ってしまったのです」

「……それからどうしたんだ?」

「それから私は、ヤールスにカナタの事を聞きに行きました。ですが、その時にはすでに勘当された後。それ以来、私は久しぶりに鎚を握り、鉄を打ち続けています。ですが、やはり過去の私にすら追いつく事ができなくなっていました。この腕は、無駄な足掻きを繰り返す、落ちこぼれ鍛冶師の成れの果てなのです」


 自身の感情を、カナタが勘当されたあの日からずっと抱え込んでいた思いを、ザッジは一気に吐露していく。

 その言葉に嘘偽りはなく、カナタはいつの間にか拳をギュッと握りしめていた。


「……ヴィンセント」

「はい、殿下」

「こいつをお前の下で鍛えてやれ」

「かしこまりました」

「ダ、ダメです! 私などを囲ってしまえば、フリックス準男爵様の評判に傷が付きます! 私には死罪か鉱山送りがお似合いなのです!」


 自分に情けを掛けるなと言わんばかりに声を張り上げたザッジだったが、ライルグッドは涼しい顔で受け流してしまう。


「現状、フリックス準男爵領で腕の良い鍛冶師はお前しかいない。大きな仕事は与えられないかもしれないが、小さな仕事からこなしていけ。それが、お前に与える処罰だ」

「……そ、そんな。そんな幸せな事、あってはならない、ですよ」

「ザッジさん」


 いつの間にか大粒の涙を流していたザッジに対して、カナタが片膝をついて、目と目を見ながら声を掛けた。


「俺は、昔のザッジさんを知っています。あの時のザッジさんはとても格好よかった。当時に戻るのは難しいかもしれませんが、心の中に残っている鍛冶師の魂はきっと燃え滾っているはずです」

「……カナタ」

「お願いします、ザッジさん。ヴィンセント様のために、力を貸してください」

「私からもお願いします、ザッジ」

「フリックス準男爵様まで……」


 涙を堪える事はできない。それでもザッジは言葉に力を込めてはっきりと口にした。


「分かりました! 鍛冶師ザッジ、この身が朽ち果てるその日まで、フリックス準男爵様のために身を粉にして働かせていただきます!」


 こうして、カナタとリッコを狙った襲撃事件は幕を下ろしたのだった。

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