第140話:一網打尽と遠慮なし

 ――結果から伝えると、荒くれ者の集団はたった一人の女性に叩きのめされてしまった。


「ぐああぁぁ……お、俺様の、腕がああああぁぁっ!」

「い、いでぇ、いでぇよぉぉぉぉ」

「……ぐげぇ」


 ある者は腕を折られ、ある者は膝を砕かれ、またある者は意識を刈り取られて気絶している。

 周囲は阿鼻叫喚の様相を呈しているが、その中で立っている人物が四人だけいた。

 全員が体を震わせており、覆面をしているその中が恐怖に塗りつぶされている事は容易に想像ができる。

 しかし、その中にあって一人だけは唯一戦意をギリギリでつなぎ止めており、扱えもしない短剣をギュッと握りしめていた。


「あら、あなたはまだやるのかしら――ヨーゼスさん?」

「なっ! ……き、気づいていたのか?」

「当然じゃないのよ。あっちがルキアで、そっちがローヤンだったかしら? もう一人は分からないけどね」


 ヨーゼスたちとは違い体格は良いのだが、背中が大きく曲がっている。

 半袖から覗く腕は筋肉が盛り上がっているのだが、醸し出している負の雰囲気との違和感が酷く気になってしまう。


「……もうバレているんだ、一気に片付けるぞ!」

「……な、なあ、兄貴。マジでやるのか?」

「……も、もう、逃げようよ?」


 覆面を剥いで血走らせている目を露わにしたヨーゼスだったが、ルキアとローヤンは完全に怯んでいる。

 三人は名前まで指摘されてしまったので覆面を剥いだが、もう一人は声を発することもなく、覆面もそのままで動きを止めていた。


「お、お前らぁ……もういい、俺がやってやる!」


 素人丸出しの動きで突進してきたヨーゼスを見て、リッコは大きくため息をつく。

 その姿がまたヨーゼスを挑発してしまい、顔を真っ赤にして短剣を振り下ろした。


 ――ガキンッ!


 だが、彼らは気づいていなかった。

 リッコが大勢と大乱闘を繰り広げている間に、丘の上へ進んでいた人物が戻ってきていた事に。


「き、貴様、カナタアアアアァァッ!」

「もう止めろ、ヨーゼス兄さん!」


 体格では勝っているヨーゼスだったが、剣術ではカナタに分がある。

 僅かな鍔迫り合いの後に一歩前に出たカナタに押されて、ヨーゼスは大きく後退した。

 歯噛みしながらもさらに突っ込んでいったが、今度は軽く打ち落とされてしまい前のめりに倒れ込んだ。


「ぐはっ!」

「ヴィンセント様は言ったはずだ。今後、俺が不利益になる行動が確認されれば、相応の報いを受けてもらうと!」

「黙れ! 貴様がのうのうと生きているなど、あってはならないんだよ!」

「……ちょっと待て、それは本当なのか?」


 カナタとヨーゼスの会話を聞いていた最後の男が、ポツリと呟いた。

 その声音に聞き覚えのあったカナタは目を見開くと、視線をそちらに向けて口を開いた。


「……まさか、ザッジさん?」


 カナタの記憶に残っているザッジの姿は酔っぱらいでしかなかったが、鍛冶の腕前は間違いなく高かった。

 ヤールスが提案した悪事に加担してしまい鍛冶師として大成する事はなかったが、まさかここまで落ちてしまったのかとカナタが愕然としてしまう。


「……あぁ」

「そんな、どうしてですか? あなたの鍛冶の腕は、親父や兄さんたちよりもずっと上だったじゃないですか!」

「……俺はもう、這い上がれないんだよ」


 覆面に手を掛けると、ずるりと取りながら両手をだらりと下げたザッジ。

 その表情を見たカナタはさらに驚き、目を見開く。

 酒を飲んでいて顔を真っ赤にしていたものの、肉付きも良く健康体に見えていた面影はどこにもなく、頬はこけて目も窪み、まるで筋肉だけが自己主張しているようなちぐはぐな姿。

 何をどうしたらここまで落ちてしまうのかと疑問は尽きないが、今は片付けなければならない問題が残っている。

 戦意も感じられない事から、カナタは腕のある鍛冶師の惨状から一度目を離し、地面に転がっているヨーゼスに視線を戻した。


「リッコ、合図を」

「分かったわ」


 そう返事をしたリッコが空に向けて何かを打ち上げると、空に真っ赤な花火が広がる。

 花火を合図にヴィンセントとライルグッドが姿を見せる予定なのだが、ヨーゼスは座して死を待つ事を良しとしなかった。


「せめて、貴様だけでも!」


 懐に隠し持っていたもう一本の短剣を取り出したヨーゼスは、至近距離から切っ先を突き出した。


 ――バチバチッ!


「ぐああああぁぁああぁぁっ!?!?」


 しかし、賢者の石に守られているカナタに切っ先が届く事はなく、雷撃を浴びたヨーゼスは白目を剥いて気絶してしまった。

 その光景を目の当たりにしたルキアとローヤンは膝をついて下を向くと、そのまま動かなくなってしまう。

 そしてザッジはカナタの事を、何やら眩しいものを見るように見つめていたのだった。

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