第139話:お粗末な襲撃
――フリックス準男爵の館でしっかり休んだカナタとリッコは、満を持して夜の丘の上へ向かい歩き出した。
何もなければそれも良いのだが、恐らくはそうならないだろう。
何故なら、すでにリッコが街道を外れた茂みの中に潜んでいる気配に気づいているからだ。
「全く。本当にお粗末なんだから」
「これは俺にも分かったわ。でも、俺が一緒にいたら襲ってこないんじゃないか?」
「そうねぇ。……それじゃあ、こんなのはどうかしら?」
何やら思いついたリッコがカナタに耳打ちをすると、耳に掛かる吐息にドキドキしながら彼女の提案を聞き入れた。
「……いいね、それでいこう」
「それじゃあ、もう少し進んだら作戦決行ね!」
顔を離したリッコはとても楽しそうで、歩く足が弾んでいる。
少し前を進んでいたのだが、ふいに振り返るとニコリと微笑んだ。
「ねえ、カナタ君」
「どうしたんだ?」
「さっき耳打ちした時、ドキドキした?」
「んなっ!? い、今はそんな事、どうでもいいだろうが!」
「あはは! 楽しいねー!」
「今のは楽しくないからな!」
ワイワイしながら歩いているその姿は、本当にデートを楽しんでいるカップルにしか見えなかった。
◆◇◆◇
――一方で、ヨーゼスたちは街道を外れた茂みの中に潜みカナタたちの動向を盗み見ていた。
リッコが顔を寄せた時にはキスをしていると勘違いしており、ヨーゼスとルキアは憤り、ローヤンは恥ずかしそうに顔を伏せていた。
「夜だからと、こいつらは破廉恥極まりないな」
「絶対にぶっ殺してやる! それに……あの女、なかなかいい体をしてるしなぁ」
「……うぅぅ」
この場に隠れているのは三人だけではない。
フリックス準男爵の館を訪れた時よりも数を増しており、総勢三十名の勇士とは名ばかりの荒くれ者が集まっている。
これだけの数を集めれば、いくら腕の立つ冒険者であっても相手は女性だ。負けるはずがないとヨーゼスは考えていた。
「おっ! 見ろよ、カナタが離れるぜ!」
ルキアの声に視線を前に戻すと、カナタがリッコから離れて丘の上へ走っていく姿があった。
カナタに手を出しては大きな不利益を被ってしまう。それは理解しているものの、ヨーゼスは何かしら彼に仕返しをしなければ気が済まなかった。
しかし、ヨーゼスは怒りに固執するあまり勘違いをしていた。
ヴィンセントはこう口にしている。
『――殿下も仰いましたが、カナタ様は私だけではなく殿下の大事な客人です。今回に限り無罪放免といたしますが、彼に対して不利益になる行動が再び確認された場合は、それ相応の報いを受けてもらう事になると理解しなさい』
普段のヨーゼスならば気づいていただろうが、今の彼は怒りに憑りつかれている。
カナタがダメならその連れを攻撃すればいい、という思いから逃れる事ができず、それをそのまま実行に移してしまったのだ。
「……よし、行くぞ!」
そして、カナタの姿が見えなくなったタイミングを見計らい、覆面を被ると荒くれ者たちと一緒に茂みの中から飛び出した。
◆◇◆◇
茂みの中の気配が動き出したのを感じたリッコは、小さくため息をついた。
(はぁ。全く、本当に小悪党なんだから)
カナタが離れたのを見てすぐに動き出した。それも奇襲を狙ってでもなく、伏兵を潜ませるでもなく、全員が真正面から姿を現したのだ。
周りを囲んで逃げられなくする知恵はあるようだが、それでも配置には多くの穴があり、リッコは笑みを隠すのに必死だった。
「……貴様、カナタ・ブレイドが連れていた女だな?」
「だったらなんなのかしら?」
「強気な態度、いいねぇ~。てめぇを攫って、犯して、あいつの泣きわめく顔を見るのが楽しみだぜぇ~!」
「ひゃひゃひゃっ! いい女じゃねぇかよ~! いいか、俺からだぜ~!」
「おい、てめぇら! 俺が先だからな!」
最後の声音を聞いたリッコは眉根をピクリと動かした。
(うっわー。あいつ、カナタ君のお兄さんだわ。確か……ルキアだっけ?)
間近で声を聞いていた事もあり、リッコはルキアの存在をはっきりと認識して逃がさないよう視界に収める。
「あんたたち、私を攫うだの犯すだの言っているけど、本当に勝てるのかしら?」
「あぁん? てめぇ、舐めてんじゃねえぞ、こらあっ!」
「もういいよなぁ? もう、我慢できねぇぜっ!」
「おい、ちょっと待て!」
我慢ができなくなった巨漢の男がリッコの背後から突進していく。
目の前で啖呵を切っていた男が慌てた様子で止めようとしたが、巨漢の男は両手を広げて羽交い絞めにしようとしてきた。だが――
「遅い」
「ぐねぁ?」
閉じられた腕の中には誰もおらず、避けられたと気づく間もなく首筋に強い衝撃を感じた巨漢の男は、そのまま前のめりに倒れていった。
「……さあ、掛かって来なさい。坊やたち?」
「……こいつ! もういい、ぶっ殺せっ!」
「「「「おおおおおおおおぉぉおおぉぉっ!」」」」
最後はルキアの怒声を合図に、乱戦へと移っていった。
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