第138話:準備万端?

 まさかの出来事にカナタは呆気に取られてしまい、口を開けたまま賢者の石を見つめると、振り返ってリッコたちに視線を向ける。

 リッコとライルグッドも驚きに口を開けたままだったが、唯一ヴィンセントだけが拳を握りしめてガッツポーズを取っていた。


「さすがはカナタ様です! 賢者の石は、自らを作り出したものを所有者だと認めたのですね! あぁ、さすがです、素晴らしすぎます、カナタ様!」

「お、落ち着いてください、ヴィンセント様。……あの、これを持ったまま、そっちに戻ってもいいんでしょうか?」

「「……あっ!」」


 賢者の石は三人に雷撃を浴びせている。それを持って近づく事で再び雷撃が飛んでいかないかと心配になったのだ。


「それは大丈夫ですよ、カナタ様」

「ほ、本当ですか?」

「はい。賢者の石はすでにカナタ様を認めております。ですから、カナタ様が敵意を向けなければ賢者の石が勝手に何かをするという事は起きません」

「そ、そうですか。……はぁ、よかった」

「ですが、例外もございます」

「例外、ですか?」


 近づいていく足をピタリと止めたカナタを見て、ヴィンセントはニコリと笑いその例外を口にした。


「カナタ様が命の危機に陥った時、その時は防衛本能が働いて周囲に迎撃を行います」

「それは大事だわ」

「確かにな」

「そんな命の危機に陥る状況なんて、こっちからお断りなんだけど?」


 面倒がやって来てしまったとため息をつきたくなったカナタだが、別にこれを持っておかなければならないわけではない。


「それじゃあ、ヴィンセント様。これはどこに保管しますか?」

「……保管?」

「え? あ、はい。だって、持ち歩くわけにはいきませんし、ここで保管するんですよね?」

「所有者がカナタ様に決まったのであれば、そのまま持っていただく方がよろしいかと思います」

「……いや、だって、無理ですって!」


 これ以上の面倒を抱え込みたくないと考えているカナタは必死になって無理だと口にするが、カナタの味方になってくれる者がこの場には誰一人としていなかった。


「カナタ君、貰っちゃいなさいよ」

「安全を考慮するのであれば、その方がいいだろうな」

「二人まで!?」

「そうでしょうとも! カナタ様の錬金鍛冶は破格の能力を持っていますので、今後狙われる可能性は高くなるでしょう。そこで賢者の石なのですよ!」

「それは……まあ、ありがたいと思いますけど」

「でしょう! あぁ、私が今日まで素材を集めてしっかりと保管してきたのは、この日のためだったのですね!」

「違いますから! これ、どれだけ価値のあるものなんですか! 絶対に貰えませんからね!」


 こんなものは貰えないと声を大にして言い放つカナタだったが、誰も耳を傾けてくれない。

 それどころか、賢者の石がカナタのものであるという前提で三人は話を始めてしまう。


「これ、私がいなくてもあいつらをボコボコにできるんじゃないの?」

「できるな。だが、カナタだけでは襲ってこないだろう」

「あー、そっかー。それじゃあやっぱり、私が囮になるべきね」

「その後に私と殿下が登場して、裁きを下しましょうか」

「くくく、どのような処罰を与えてやろうか。なんなら、親兄弟がいる鉱山に送ってやっても構わんぞ?」

「あぁ、それはいいですね。そうしましょうか」

「あ、それには俺も賛成です。リッコに手を出そうとしているんだから、当然です」

「カナタ君……」


 最終的にはカナタも諦め、さらにヨーゼスたちの処罰について触れると嬉々として賛成を口にした。


「よし、ならばそれでいこう」

「このままデートに行っちゃおうか、カナタ君?」

「いいえ、できれば夜の方がいいでしょう。あちらも仕掛けやすくなるでしょうし」

「分かりました。それじゃあ……今日の夜、また外に星を見に行こうか」

「うん!」


 傍から聞けば楽しそうな会話なのだが、その目的が兄たちを叩きのめすための作戦だなどと誰が思うだろうか。

 いや、カナタとリッコに関して言えば、本当にただのデートの話し合いなのかもしれない。


「……末恐ろしいな、二人とも」

「本当ですね。……さて、では私はこれからの事を考えますか」

「ん? どうしたのだ、ヴィンセント?」

「いえ、こちらの話ですよ、殿下」


 ニコリと微笑んだヴィンセントを見て、ライルグッドは何故か顔を引きつらせる。

 彼は知っているのだ。ヴィンセントが作り笑いを浮かべたその時は、面倒な事を考えているのだと。

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