第137話:所有者

 賢者の石の錬金術は無事に終わった。

 しかし、ここでさらなる問題が生じてしまう。


「……あの、ヴィンセント様?」

「どうしましたか、カナタ様?」

「その……賢者の石の所有者って、誰になるんですか?」

「……え?」

「「……あ」」


 あまりに喜び過ぎて忘れていたのか、ヴィンセントは首をコテンと横に倒し、リッコとライルグッドはそういえばと言わんばかりに声を漏らした。

 現状、賢者の石は床に転がっているだけで、知らない人が見ればちょっと綺麗な石ころに見えてしまうだろう。

 ヴィンセントの指示がなければ研究室に入れないように言っているとはいえ、万が一にでも誰かが勝手に触れようものなら、賢者の石に反撃されて大怪我を負う可能性も残されているのだ。


「このままここに放置するわけにはいかない、という事か」

「確かに、誰かが怪我をしちゃったら大変だし、それこそここに賢者の石があるってバレちゃうわね」

「そうなると、聖都の使者が回収しに来るんじゃないですか?」

「そ、そんな事は絶対にさせません! これは、私とカナタ様が作り出した渾身の合作なのですよ!!」


 力強く口にしたヴィンセントだったが、今のところ運び出す方法も保管する方法も皆無であり、どうしたものかと首を捻る事しかできない。


「……あっ!」

「ど、どうしましたか、リッコ様!」

「ヴィンセント様は認められなかったけど、私たちならまだ可能性があるんじゃないですか?」

「む、試してみろと言いたいのか?」

「はい。それでどちらかが認められれば、移動なり保管なりをしちゃえばいいかなって」

「ふむ……だが、認められなければどうするのだ?」

「それは……」


 ライルグッドの言葉に提案したリッコは横目でヴィンセント見ながら口を開く。


「……ヴィンセント様に任せちゃいましょう」

「あ、はは……まあ、そうですよね。ですが、やってみせましょう。何せこれは、私とカナタ様が作り出した渾身の――」

「それはもういいですから」


 胸に手を当てながら力説しようとしたヴィンセントの言葉を一蹴しながら、リッコが体の向きを変えて賢者の石を正面に見る。


「……リッコ、気をつけてね」

「分かっているわよ、カナタ君」


 顔だけを向けてウインクをすると、リッコは一歩ずつ賢者の石に近づいていく。

 一歩近づくごとに不思議な緊張感が体中を巡り、リッコの気づかないうちに額から汗が流れて顎を伝い、地面に落ちていく。

 リッコもあと一歩で手が届くという場所まで近づいた時だった。


 ――バチバチッ!


「リッコ!」


 発光したと同時にカナタは声を発していたが、直後にはリッコも大きく飛び退いており、気づけば隣まで移動していた。


「大丈夫か、リッコ?」

「大丈夫よ。でも……うーん、ダメだったかー」

「では、次は俺が行こう。リッコ、カナタを頼む」

「分かったわ」


 カナタをリッコに預けたライルグッドは居住まいを正すと、まるで威厳を示すようにして賢者の石を睨みつけながら近づいていく。

 賢者の石に対して俺は王族だ、俺に従えと言わんばかりの威圧を放っている。

 歩みを止めるでもなく、遅くするでもなく、一定のリズムで賢者の石に近づいていく。


 ――バチバチッ!


「ふっ!」


 雷撃がライルグッドを襲うと、彼は避けるではなく剣を抜いて切り裂いてしまった。

 攻撃が一度であればそのまま手を伸ばして掴み取ってしまおうという考えだったが、賢者の石から放たれる雷撃は途切れる事がなく、しばらく攻防が続いていたのだがライルグッドは諦めてゆっくりと後退していった。


「……ダメか」

「ど、どうするんですか、ヴィンセント様?」

「え? まだ、カナタ様が試されていませんよ?」

「……お、俺ですか!?」

「はい。え、そうですよね?」

「「うんうん」」


 急に自分の名前が出てきた事で驚いたカナタだったが、リッコとライルグッドも当然だと言わんばかりに頷いている。


「む、無理ですよ! それに、もし雷撃を受けたら俺に防ぐ手段なんてないんですよ!」

「それでは、こちらを羽織ってください」


 準備よくヴィンセントが取り出したのは、黒の布地に金の刺繍が施された外套である。


「……こ、これはなんですか、ヴィンセント様?」

「私が作り出した外套で、魔法障壁を纏わせるマジックコートです」

「……なんで準備万端なんですか?」

「はははっ! いえ、こうなる可能性もあるかなと思っていたものですから!」

「笑い事じゃないですよ!」


 賢者の石ができてからのキャラが崩壊していくヴィンセントに怒鳴りつつも、可能性がゼロでないのであれば試してみたい気持ちもどこかにあったカナタは、リッコに助けられながら外套を羽織っていく。

 大きく息を吐き出しながら一人で立つと、心臓の音が大きくなったように錯覚しながら一歩ずつ賢者の石に近づいていく。

 マジックコートがあるとはいえ、無傷で済むのかは分からない。

 近づいていくにつれて聞こえてくる心臓の音はさらに大きくなっていく。

 リッコやライルグッドよりも倍以上の時間を掛けて近づいていったカナタは、ようやくあと一歩というところまで近づいた。


「……い、いくぞ!」


 気合いを込めて手が届く距離まで足を踏み入れたカナタは衝撃に備えて瞼を閉じたのだが……。


「……あ、あれ? ……大丈夫?」


 衝撃も何もなくゆっくりと瞼を開けたカナタは、ひょいと賢者の石を拾い上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る