第136話:賢者の石
――ガタガタガタガタ。
幸い、窓ガラスが割れたりという事はなかったが、館で仕事をしていたメイドたちは揺れが収まると、破損したところがないかを確認するためバタバタと動き出している。
研究室の前にもメイドがやって来てたのだが、ヴィンセントの指示で許可がなければ立ち入れないようになっており、何度もノックがされていた。
『フリックス様! いらっしゃいますか、フリックス様!』
「……ヴィンセント様、返事した方がいいんじゃないの?」
「……」
「……はぁ。ヴィンセントも俺たちも全員無事だ! 安心してくれ!」
『――で、殿下!? か、かしこまりました!』
興奮して言葉を発する事ができないヴィンセントの代わりにライルグッドが答えると、メイドは慌てた様子で返事をして去っていった。
「……私が答えた方が良かったかしら?」
「いや、俺でいいだろう。他の者だと、メイドも信じていいのかどうか悩むだろうからな」
リッコの言葉に返しながら、ライルグッドはカナタの腕を引っ張り自分の肩に回した。
「大丈夫か、カナタ?」
「……は、はい。ありがとう、ございます」
「今回は気絶しなかったのね」
「ははは……ギリギリだった、みたい」
実のところ、今回消費された魔力はカナタが保有している魔力量を遥かに上回っていた。
ならば何故、素材融合が成功したのだろうか。
その理由は――素材が保有していた魔力がそのまま使用されていたからだ。
素材が融合するにあたり、お互いの魔力が拮抗し合い融合を阻んでいたが、カナタが魔力を注ぎ融合を促した事で、魔力同士が近づく事に成功した。
さらに一つになるイメージを強くした事でお互いが中央に魔力を寄せていき、そこで素材融合が成立したのだ。
カナタの魔力はあくまでも素材同士が融合する事を促しただけで、その後の融合は素材同士が自ら近づいていったと言っても過言ではないだろう。
カナタもその事に気づいてたものの、疲労困憊の状態では頭が回らず、質問に対しての答えしか口に出せなかった。
「……あ、あの、ヴィンセント様? これはいったい、なんなのですか?」
ただし、職人として自分が何を作り出したのかは気になっており、なんとかそれだけを口に出した。
「……あぁ……ああっ! 素晴らしいです、カナタ様! ついに、ついに完成したのですね!」
「おい、ヴィンセント! 答えになっていないぞ! これはいったいなんなのだ!」
興奮したままのヴィンセントに対してライルグッドが怒鳴り声をあげると、彼は鼻息を荒くしたまま融合された素材がなんなのかを口にした。
「ふふ、ふふふ……これは、現存するものが聖都にしか存在していないとされている伝説の物質!」
「聖都にしか存在しない、伝説の物質?」
「……まさか……ヴィンセント、お前!」
首を傾げるリッコとは異なり、何かに気づいたのかライルグッドは目を見開いて声をあげた。
「そうです、殿下! これは神々が下界の民に贈ったとされる伝説の――賢者の石です!」
震える足で魔法陣の中央に転がっている物質に歩み寄っていくヴィンセント。怪しく光る眼鏡を押し上げ、ハアハアと吐息を吐き出しながら。
手が届くところまであと一歩と迫った時――賢者の石が突然発光した。
――バチバチッ!
「うおっと!」
予想していたのか、ヴィンセントは放たれた雷撃を飛び退きながら回避していた。
カナタたちは冷や汗を流していたが、当の本人は興味深そうに遠目から賢者の石を観察している。
「……だ、大丈夫ですか、ヴィンセント様!」
「大丈夫ですよ、カナタ様。むしろ、今のはこれが賢者の石であるという事実の確認なのですよ!」
「……ど、どういう事なの?」
「賢者の石は、それ自体が所有者を選ぶと言われているのだ」
リッコの疑問に答えてくれたのはライルグッドだった。
「賢者の石が所有者を選ぶって、意思を持っているって事?」
「そう言われているが、俺には分からん。だが、実際に所有者を選ぶのは確かだ」
「……これ、どういったものなんですか? 俺は、何を作り出しちゃったんでしょう?」
「賢者の石は所有者を守り助ける奇跡の物質なのです! とはいえ、私の興味はそこではありません! 神々が下界の民に贈ったとされる賢者の石は人の手で作り出せる単なる物質だったという事なのですよ! 私はそれを証明したかったのです!!」
ヴィンセントの言葉を聞いた三人は、全く同じ事を彼に感じていた――研究バカだと。
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