第132話:情報収集と呆れ
館に戻ってきたヴィンセントがどのように対処したのかを報告していたのだが、その内容にライルグッドは納得がいっていなかった。
「甘い! 甘すぎる! 都市からの追放も必要だろう!」
「かもしれませんが、一応彼らにも生活がありますからね。一度くらいは大目に見てあげますよ」
「それが甘いと言っているのだ!」
「大丈夫ですよ、殿下。次があれば斬首だと、暗に伝えましたからね。カナタ様も何かあればすぐに伝えてくださいね」
「分かりました」
次は斬首だ。そう聞いたカナタではあったが、ヴィンセントの言葉に即答で返していた。
「……大丈夫なの、カナタ君?」
「問題ない。それに、これは俺が一つの殻を破るチャンスかなって思っているんだ」
ずっと両親や兄たちから虐げられてきたカナタは、彼らを前にするとどうしても委縮してしまっていた。
それはルキアと遭遇した直後も同じであり、リッコに手を出そうとした瞬間だけは気持ちが昂りやり返す事ができていた。
しかし、今日はライルグッドとヴィンセントが前に立ってくれていたので大丈夫だったが、内心では恐怖と戦っていたのだ。
「ルキア兄さんは昨日の事があったからたぶん大丈夫。ローヤン兄さんもあまりかかわりがなかったから大丈夫だと思う。でも、ヨーゼス兄さんは、まだ怖い」
「あいつが怖いのか?」
「殿下からしたらその他大勢の内の一人かもしれませんが、俺にとってはそうじゃないんですよ。……小さい頃から、ずっときつい言葉を投げ掛けられていましたから」
長男で出来損ないと言われていたユセフがいたからだろう、次男のヨーゼスは自分の方が何もかもが上なのに勝てないという葛藤に常に抗っていた。
そして、その葛藤はユセフの次に役立たずだと言われていたカナタを相手に発散され続けていたのだ。
無視や暴言に始まり、暴力を振るわれる事も稀にあった。
ヨーゼスに対する恐怖は、カナタの心に深く刻まれてしまったトラウマになっていた。
「……ならば、カナタの実力を見せつけてやればいいのだ」
「俺の実力をですか?」
「あぁ。錬金鍛冶の力を見せつける、もしくは単純な力勝負でも構わんだろう」
「ち、力勝負って……あれ? でも、ルキア兄さんの腕も締め上げちゃったっけ」
昨日のやり取りを思い出しながらそう口にすると、ライルグッドはニヤリと笑った。
「お前を鍛えていたのが誰だったか、忘れたのか?」
「……アルフォンス・グレイルード様です」
「そうだ。そして、アルは俺よりも優れた騎士であり、王国最強に近い男だぞ?」
ライルグッドの言葉に、カナタは自分の両手を見つめた。
アルフォンスに言われて何度も素振りを繰り返した旅路、そしてアーミーアントを真っ二つにした時の感触を思い出す。
実を言えば、アルフォンスが気絶してからもカナタは素振りを欠かしていない。毎日課せられていた回数をこなし続けている。
その訓練が実を結びルキアの腕を締め上げるまでに至っていた。
「……なら、その両方で兄さんたちに見せつけてやりたいと思います」
「両方と来たか! だがまあ、それくらいやらなければあいつらは納得しないだろうな」
「でも、次にカナタ君へ手を出したら斬首でしょ? どうやって見せつけるの?」
「そこはまあ……カナタ様が私への報告をしなければいいだけなのでは?」
「それを本人の前で言っちゃうんだね、ヴィンセント様は」
ヴィンセントが本当に斬首をしたいわけではないと気づいたカナタが感謝を込めて小さく頭を下げると、リビングへ最初に情報を伝えに来たメイドが姿を見せた。
ここでもヴィンセントに何やら耳打ちを行ったのだが、今回は伝え終わっても壁際に控えており退室はしなかった。
「タイミングが良いのか悪いのかはさておき、こんな情報が入ってきましたよ」
「なんだ、探らせていたのか?」
「はい。何せ、次男の方は諦めが悪そうでしたからね」
「……何かしているんですね?」
カナタの言葉にヴィンセントは大きく頷き、情報を口にした。
「カナタ様へのちょっかいは斬首になりますが、リッコ様へのちょっかいであれば構わないだろうと、次男が他の者たちに伝えていたようです」
「……はあ?」
その言葉に苛立ちを露わにしたのは、やり玉に挙げられたリッコ本人だった。
声音には怒りが込められており、来るなら相手になってやるという意思が感じられる。
しかし、ここで待ったを掛けたのがカナタだった。
「……リッコに手を出そうって言っているんですね、ヨーゼス兄さんは?」
「どうやらそのようです。リッコ様を誘拐してカナタ様を脅すつもりのようですね」
「逆にボコボコにしてあげてもいいんだけど?」
「いいや、それだけじゃダメだよ、リッコ」
今までのカナタからは聞いた事のないドスの利いた声を放ち、全員の視線が彼に向いた。そして――
「徹底的に心を叩き潰して、立ち直れないくらいのダメージを与えないとダメだ。それでも向かってくるようなら物理的に叩き潰してもいいんじゃないのか?」
「……ど、どうしたの、カナタ君?」
「……間違いではないが、珍しいな?」
「……カナタ様?」
三人が心配そうに声を掛けたのだが、今のカナタは完全に頭に血が上っていた。
「リッコに手を出そうだなんて、絶対に許さない。ルキア兄さんもそうだけど、ヨーゼス兄さんも叩き潰してやる!」
「カナタ君……うん! やってやっちゃって!」
カナタの決意に喜んだのはリッコだけで、ライルグッドとヴィンセントは焚きつけたとはいえ、ヨーゼスたちに少しだけ同情してしまうのだった。
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