第127話:過去と現在と未来

「ブレイド伯爵家が授爵した理由は知っているな?」


 ライルグッドの言葉にカナタは大きく頷いた。


「当時の魔王を討った勇者、その剣を打った鉱石が認められて爵位を賜ったんですよね」

「その通りだ。そして、しばらくの間は腕の良い鍛冶師を排出し続け、アールウェイ王国全土に鍛冶師ブレイドの意匠が施された多くの作品が広がっていった」

「はい。……でも、それと今回の件がどのように関わっているんですか?」


 カナタの疑問にライルグッドは一度グラスの水を飲み干してから、その理由を口にした。


「その勇者の剣を打った方法というのが、普通の鍛冶とは違う方法だったというのだ」

「だから、新しい鍛冶の方法を探していた?」

「……え、ちょっと待って。という事は、陛下は勇者の剣を作ろうとしているって事なの?」

「はあ? いや、そんなまさか。あり得ないだろう、リッコ」


 カナタは絶対にないと思いながらリッコに話し掛けたのだが、ライルグッドの反応を見てそのまさかがあり得るのかと固まってしまう。


「……嘘、ですよね?」

「……いいや、事実だ。陛下はカナタに、勇者の剣を作ってもらおうとしている」

「…………ぜ、ぜぜぜぜ、絶対に無理ですよ! 勇者の剣って、伝説に語り継がれているような、それこそおとぎ話に出てくる剣なんですよ!」

「分かっている。だが、それが必要な時代になってしまったのだ」


 ライルグッドはそう口にして一度立ち上がると、もう一度グラスに冷えた水を注ぐと一気に飲み干した。


「で、殿下。勇者の剣が必要な時代というのは、どういう事ですか?」

「……魔獣の大発生が、各地で確認され始めている」

「魔獣の大発生? ……うーん、そんな話は冒険者の間で広がってないけど?」

「だろうな。今のところは王都にいる一部の者にしか伝わっていないからな。冒険者でも特に上位ランクの者にしかギルマスも伝えていないはずだ」

「って事は、辺境のワーグスタッド領にまで情報が届いていないのは当然かー」


 腕組みをしながらため息と共にそう口にしたリッコは、背もたれに体重を預けた。


「……ですが、それと勇者の剣にどのような関係が……いや、まさか、そんな事が?」


 その時、ヴィンセントが何かに気づいたのか顔を青ざめながら要領を得ない言葉を繰り返す。


「どうしたんですか、ヴィンセント様?」

「おそらく、ヴィンセントが想像している事が起きる可能性が高い」

「どういう事よ。ちゃんと分かるように説明してよね!」


 リッコが声を荒らげると、ヴィンセントはライルグッドに視線で確認を取ると、恐る恐る口を開いた。


「……今の時代に魔王が復活する可能性がある、という事です」

「「…………はああああぁぁっ!?」」


 ヴィンセントの推測にカナタとリッコは驚きの声をあげながらライルグッドへ視線を向ける。


「……まさか、そんな事があるんですか?」

「あ、あり得ないわよ! 魔王が復活だなんて、そんな事は絶対にあり得ない!」

「そのあり得ないが現実になりそうだから、陛下も焦っておられるんだ」

「しかし、カナタ様に勇者の剣が本当に作れるのでしょうか?」


 魔王が復活するというあまりに衝撃的な事実にリッコはさらに声を荒らげ、ヴィンセントは勇者の剣が本当に作れるのかと疑問を口にする。

 その中で不思議とカナタだけは、驚きはしたものの今の状況を冷静に受け止めていた。


「作れるかどうかは、俺に聞かれても分からん。カナタが実際に素材に触れて、試してみるしかないな」

「勇者の剣の素材は揃っているんですか?」

「あぁ。だが、過去に最高の鍛冶師と言われていた人物に扱わせてみたが、素材は全く反応を示さなかった」

「そうですか。……素材は、あるんですね」


 腕組みをしながら考え始めたカナタは、過去に本で見て、話で聞いた事がある勇者の剣について思い出していた。

 黄金に光り輝く一振りの剣。その造形は様々な伝わり方をしているが、その中にあって唯一共通して伝わっている事もある。


「……絶対不滅の剣」


 今もなお世界のどこかに存在しており、その持ち主が現れる事を待っていると伝わっている勇者の剣を、陛下はカナタに作り出して欲しいと思っている。

 本当にそんな事ができるのか否か……いや、やらなければならないのだとカナタは心の中で考えていた。


「……だ、大丈夫、カナタ君?」

「……無理をしてはいけませんよ、カナタ様?」

「あ、いいえ。何故かは分かりませんが、ものすごく冷静なんです。それに、できるできない以前に、やらなきゃいけないなって思っています」

「……やらなければいけない、か。確かに、そうかもしれないな」


 そう口にしたライルグッドは三度グラスに水を注ぐと、今度は一気に飲み干す事はせずにカナタの前にグラスを掲げた。


「……殿下?」

「……絶対に成し遂げよう、カナタ。そのためならば、俺はどんな事でも協力しよう」

「……はい! ありがとうございます、殿下!」


 カナタは紅茶が入ったカップを持ち上げると、軽く打ち合わせた。


「……グラスとカップでは、様にならんな」

「……でも、いいと思いますよ」


 そして、お互いに苦笑を浮かべると水と紅茶を口に含んだのだった。

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