第126話:怒りのリッコと王都へ向かう理由

「――あー、腹が立つわね!」


 館に戻ってきた途端、我慢していたのかリッコは玄関でいきなり声を荒らげた。


「お、落ち着けって、リッコ」

「だってあの人、カナタ君が何もできないみたいな事を言って、ガキとか言い出して、手まで上げたのよ!」

「いや、鍛冶師としての俺なら確かに仕事もままならなかっただろうし、ルキア兄さんからしたらガキだろうし、手を上げられたのも俺が挑発したからだしな」

「それだって私を守るためじゃないのよ!」


 拳を握りしめながら震えているリッコの声を聞いて、リビングで酒を飲みかわしていたライルグッドとヴィンセントが姿を見せた。


「こんな夜中にどうしたんだ?」

「何かあったのですか?」

「いや、なんでもありませ――」

「聞いてよ、二人とも!」


 カナタがなんでもないと言おうとしたのだが、言葉を遮ってリッコが一息に酒場街でのやり取りを説明してしまう。

 二人も最初は苦笑いを浮かべながら話を聞いていたのだが、内容を把握していくにつれてその表情は真顔へと変わり、ライルグッドに至っては怒りを露わにしていた。


「ほほう? そいつはまだ酒場街にいるのか? 私が裁きを下してやろうか?」

「いいえ、殿下。ここは領主の私にお任せください。鉱山送りでも生ぬるいと思えるような処罰を与えてしまいましょう」

「ヴィンセント様まで!? ちょっと二人とも、落ち着いてください!」


 冷静な表情を崩していなかったヴィンセントの口から過激な発言が飛び出した事で、カナタは慌てて二人を止めに入った。


「ルキア兄さんからすると仕方がない事で、俺に絡んだだけで処罰だなんて止めてください!」

「何故だ? カナタはすでに俺の庇護下にあるんだぞ?」

「それを知っているのはこの場にいる人たちだけですよね!」

「カナタ様は私のお客様なのですが?」

「それを知っているのもここにいる人だけですってば!」

「私は貴族の娘なのよ? その彼氏であるカナタ君に無礼を働いたんだけど?」

「そこはぁぁ…………知らん! スレイグさんにでも聞いてくれ!」


 リッコに対してだけは投げやりな態度となり、カナタは大きくため息をつく。

 なんとか話題を変えなければならないと思ったカナタは、話が途中で終わっている別の話題を思い出して口を開いた。


「そ、そうだ、殿下! 俺が王都へ行く理由をまだ説明してませんよね? 聞かせてもらえませんか!」

「どうして話題を変えるのだ? 俺はすぐにでも酒場街へ向かえるが?」

「止めてくださいってば! 大事にしたくないんですよ! それよりも王都に行く理由、教えてください!」

「……はぁ。仕方がないな」

「いいのですか、殿下?」

「そうよ、行きましょうよ!」

「ヴィンセント様とリッコは煽らないで!」


 リッコの性格は把握していたカナタだが、まさかヴィンセントがここまで怒り動いてくれようとしている姿は想像ができなかった。

 そして、同時に自分のために怒ってくれているという事に嬉しさも感じていた。


「……俺はアルフォンス様が目を覚ましたらここを去るわけですし、変に諍いを残したくないんですよ」

「……カナタ様がそこまで言うのなら……分かり、ました」

「なんでそんな言葉に詰まるんですか。俺がいなくなってからも止めてくださいね?」

「うっ! ……分かり……ました」

「だからなんで言葉に詰まるかなあっ!?」

「落ち着け、二人とも。立ち話もなんだ、リビングに戻って話さないか?」

「……まさか、殿下が仲介に入るなんてね」

「リッコは俺の事をなんだと思っているんだ? いや、止めておこう。とりあえず移動するぞ」


 一番冷静だったライルグッドの提案で四人はヴィンセントの執務室に移動すると、カナタとリッコには紅茶が、ライルグッドとヴィンセントには冷たい水が用意された。


「王都へ向かう理由だったか。まあ、一番の理由は新しい鍛冶の方法を持つ者を陛下が求めているからだ」

「新しい鍛冶の方法……錬金鍛冶ですか?」

「そうである可能性が高い。カナタが最初に作ったというナイフを陛下にお見せしたところ、すぐに王命が下されたからな」

「あ、あのナイフですか」


 カナタとしては思いがけず、全く偶然にできてしまったナイフがまさか自分の人生を変える事になるとは、夢にも思っていなかった。


「でも、どうして陛下は新しい鍛冶の方法を持つ者を探していたんですか?」

「確かにそうね。鍛冶の方法なんて、色々ありそうなものなんだけど?」

「そうだろうな。だが、それらは陛下が求める質に達していなかったんだろう。だが、あのナイフは違ったのだ」

「私も拝見させていただきましたが、確かに錬金鍛冶は既存の鍛冶と比べても一線を画していますからね」


 ヴィンセントも認めるカナタの錬金鍛冶の腕に、陛下も惚れ込んだという事だろうか。


「……すまん、話が少し逸れたな。どうして陛下がそのような人材を探していたかだが、それは――」


 少しの間をおいて、ライルグッドはその理由を口にした。

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