第122話:カナタの魔法袋作成

 収納と保存、両方の機能を備えた魔法袋の材料は、ジャイアントフロッグの胃袋以外でそれぞれに使われた素材が各種二倍の量で必要となる。

 そして、袋の原型となる胃袋の代わりになるものというのが――


「こちら、ドラゴンの胃袋になります」

「ドラ!? ……そ、それだけでも、相当に価値のある素材ですよね?」

「はい。ですが、お金は殿下が支払ってくれるという事ですので、カナタ様は気にする事なく魔法袋作成に集中なさってください」


 これは絶対に失敗できないと、カナタは思う。

 何故なら、無言の圧力を掛けているライルグッドの存在がすぐ隣にあるからだ。


「ちょっと、殿下! カナタ君に変なプレッシャーを掛けないでくださいよ!」

「むっ! ……いや、すまん。だが、さすがにドラゴンの素材を使うというのはだなぁ」

「おや? 殿下の魔法袋にも同じ素材が使われているのですよ? それを無償で献上したのですから、これくらいは問題ありませんよね? そうですよね?」


 今度はヴィンセントがライルグッドに向けて、言葉も交えたプレッシャーを与えている。

 自分の魔法袋にも使われていると知ったライルグッドはこれ以上何も言えなくなり、小さくため息をつくだけに止めた。


「では、カナタ様。まずは下準備から行っていきましょう」

「は、はい!」


 最初に深海の結晶と時の魔石を砕き、二つを混ぜ合わせていく。この時、できるだけ均一に混ぜていく事で容量が拡張される。

 ドラゴンの胃袋の内側にそれらを敷き詰めると、次に行うのがクロックホロウの赤眼を粉末状にする事。

 こちらをさらに敷き詰めていく工程は保存特化の魔法袋作りに類似している。


「下準備の工程は多少違えど、ほとんど同じなんですね」

「あまりに違ってしまうと、作る側も覚えるのが大変になりますからね。この辺りは、先人の知恵のおかげと言えるでしょう」


 鍛冶についての知識はある程度持っているカナタだが、錬金術の知識はそこまで持ち合わせていない。

 スライナーダにいた頃にもう少し勉強しておくべきだったと反省しながらも、ヴィンセントから多くの事を吸収しようとも思えるようになっていた。


「で、できました」

「では、最後にゴムの木の樹脂を流し込みましょう」


 ドラゴンの胃袋を元に戻してからゴムの木の樹脂を流し込むと、まだ魔力を通していないにもかかわらず、僅かに魔力の余韻を感じる事ができた。


「強い魔獣になればなるほど、素材にそのものの魔力が宿る事があります。魔力の余韻は、ドラゴンの魔力でしょうね」

「……ドラゴンの、魔力」


 強い圧迫感と、人間に対する怒りと、他にも様々な感情が魔力から感じ取る事ができる。

 弱肉強食とはよく聞くが、カナタはドラゴンの思念を感じ取った事で、この素材を無駄にはできないとさらに強く思う事ができた。


「では、魔力を通して素材の融合を始めましょう」


 カナタはドラゴンの胃袋を魔法陣に載せると、一度大きく深呼吸をする。

 錬金術でヴィンセントに敵うとは思っていないが、今の自分にできる最高の魔法袋を作るんだと心の中で強く願う。

 心の準備が整ったカナタは、頭の中で成功するイメージを強く固めてから、両手を魔法陣に重ねた。すると――


「え?」


 まだ魔力を流していないにもかかわらず、魔法陣が突然強い光を放ち始めたのだ。


「何が起きているのだ!」

「カ、カナタ様! 魔力を抑えてください!」

「ま、まだ何もしていませんけど!?」

「あー、これってまーたいつもの感じかなー?」


 ライルグッドが腕で目を覆いながら大声を上げ、ヴィンセントが慌てて指示を出すものの、カナタは何もしていないと主張する。

 唯一、リッコだけがこうなるかもと予想しており、目の前の状況を冷静に分析していた。


「……これもやっぱり、錬金鍛冶の力って事じゃないかしら?」

「「「ま、まさか!?」」」

「いや、カナタ君まで驚かなくてもいいんじゃないかしら?」


 当の本人は本当に何もしていない……と思いながらも、この場でナイフを作った時の事を思い出した。

 あの時も頭で思い描いた瞬間にナイフが出来上がってしまった。

 ならば、錬金術でも同じ事が起きても何ら不思議ではないのだ。

 そして、カナタは気づいていないのだが、素材に対する向き合い方、ドラゴンの胃袋から感じ取った思念を受けて無駄にできないと強く思った事で、素材が持つ潜在能力を最大限に引き出す事にも成功していた。


 ――カッ!


 最高級の素材を使ったからだろうか、これまで以上に強い光が魔法陣から放たれると、後に残ったのは見た目だけは普通の魔法袋だった。


「……完成?」

「……お、おそらくは、そうですね」

「……カナタの事だから言うが、これもヤバい事になっているのではないだろうな?」


 恐る恐るといった感じでヴィンセントが魔法袋を手にすると、これでもかと目を見開いて驚愕を露わにした。


「……ど、どうしたんですか、ヴィンセント様?」

「…………これは、恐ろしいですね」

「……やはりか?」

「…………はい。こちらの魔法袋は――容量無限で保存が可能な魔法袋になっています!」

「「……………………はああああぁぁああぁぁっ!?」」

「まあ、そうなるわよねー」


 驚きの連鎖がこだまする館の中で、唯一リッコだけが当然だというように肩を竦めるのだった。

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