第121話:保存特化の魔法袋

 休憩を挟んでから行われたのは、保存特化の魔法袋作成だ。

 基本的な手順は同じ、素材もジャイアントフロッグの胃袋は変わりないのだが、残る二つの素材が異なってくる。

 クロックホロウの赤眼と、時の魔石。

 クロックホロウの赤眼は魔獣が怒り狂い瞳を赤く染めている状態で絶命させる事で回収する事ができるが、常に群れで行動しているので怒れる魔獣を相手にするのが非常に厄介となる。

 時の魔石は太陽が一年中沈まない地域でしか採掘されない魔石で、百年以上陽の光を浴び続けた大地に生まれる希少性の高い魔石だ。

 ジャイアントフロッグも討伐には水深の深い沼地で討伐を行わなければならず、下手をすると全身が沼地に沈んでしまうような場所に生息している。

 全ての素材が一筋縄ではいかない場所にあり、それだけで100万ゼンス前後の価値があるものばかりだ。


「保存特化の魔法袋を作る場合は、時の魔石を砕いてから胃袋の内面に敷き詰めます。ここまでは収納特化の魔法袋とほぼ同じ手順になります」

「クロックホロウの赤眼はどうするんですか?」

「……人によっては不快に思われる作業に移りますが、構いませんか?」


 ヴィンセントが確認を行うと、カナタだけではなくリッコとライルグッドも頷いた。

 同意を確認したヴィンセントはクロックホロウの赤眼をすり鉢へ移すと、すりこぎで一切の躊躇なく叩き潰す。

 クロックホロウの赤眼は粉々に砕かれ、そのまま円を描くようにすりこぎを動かしていくと、しばらくして粗めの粉末が完成した。


「では、この粉末を時の魔石の上からさらに敷き詰めます」

「眼を砕いたのに、このような粉末になるんですね」

「クロックホロウの特性と言いましょうか。この魔獣は怒り状態で絶命すると、その肉体の時が止まるようなのです。ですから、砕いたとしても水分が出てくる事もありません。これは肉の部分でも同じですね。とても硬くなってしまうので、食用には向いていません」

「だが逆に、怒り状態ではないクロックホロウの肉は美味として知られている。群れを相手にしなければならないのが難儀だが、難儀をしてでも狩りに行く価値はあるな」


 ヴィンセントの説明の補足なのか、ライルグッドが別の角度から口を挟んできた。


「確か、殿下はクロックホロウの肉が好物でしたね」

「あの肉は絶品だからな! 王都に着いたらすぐにでも食べたいものだ!」

「……それ、私たちもいただけるんですよね、殿下!」

「ちょっと、リッコ?」

「当然だろう。二人は王都に到着後、そのまま登城してもらうんだからな!」

「あー……やっぱり、そうなるよねぇ」


 分かっていた事とはいえ、実際に聞かされてしまうと緊張してしまう。

 相手は一国の王であり、元とはいえブレイド伯爵家が仕えていた天の上のお方である。

 錬金鍛冶という力を求めていたという事だが、実際のところ何をするのかなどはライルグッドからも聞かされていなかった。


「あの、殿下。俺は王都に行って何をするんですか? まだ、その辺りを聞いていないんですけど?」

「……ん? そうだったか?」

「はい。ワーグスタッド騎士爵の館では、殿下たちが俺の力を欲している、としか聞かされていないので」

「あー……すまん、忘れていた」

「殿下。目的も伝えずにカナタ様を連れてきていたのですか?」


 作業をしながら呆れた様子のヴィンセントに、ライルグッドは慌てた様子で弁明していた。


「し、仕方がなかったのだ! あの時はようやくカナタを見つけられて舞い上がっていたし、王命に逆らってまでワーグスタッド領のために何かをしたいと言い出したからな!」

「その節へ本当にご迷惑をお掛けしました」

「むっ! いや、怒っているんじゃないぞ? ただ、過去に王命に逆らった者が誰一人としていなかったから、驚いただけだ」

「殿下でも驚く事があるんですねー」

「まあ、一番の驚きはリッコの態度だがな。変わり身が早すぎてさすがに唖然としたぞ」

「それは殿下のせいでしょうが! 魔獣の群れに突っ込んでいく相手に敬語なんて面倒にもほどがあるわよ!」


 最終的にギャーギャーと騒ぎ始めてしまった二人を置いておき、カナタは最終作業に入ったヴィンセントの方へ視線を戻した。


「……時の魔石が見えなくなっちゃいましたね」

「少しでも穴があると、時間経過が遅くなるだけで完全に時を止める保存特化の魔法袋にはなりませんからね」

「容量的にはどうなるんですか?」

「ジャイアントフロッグの胃袋にも拡張効果があるのですが、ほんの僅かです。深海の結晶を使わなければ、せいぜい1メートル四方といったところでしょうか」

「それでも1メートル四方もあるんですね」


 最後の作業は収納特化の魔法袋と同じで、魔力を用いて各素材を融合させていく。

 こうして出来上がった保存特化の魔法袋を手に取り、カナタは収納特化の魔法袋と見比べてみた。


「……外からでは、どっちがどっちだか全く分かりませんね」

「今はできたばかりですから分かりませんね。ですが、時間が経って魔力が完全に馴染むと収納特化は青に、保存特化は赤に袋の色が変化していきますから、そちらで区別できるようになりますよ」


 あくまでも使われている素材に合わせて色が染まっていくので全ての魔法袋がそうではないと補足しながら、基本的にはヴィンセントが説明した素材が使われるだろうと教えてくれた。


「さて、それでは最後にどちらの機能も兼ね備えた魔法袋ですが……これは、カナタ様に作ってもらいましょうか」

「……へ? お、俺ですか? ヴィンセント様が見本を見せてくれるとかじゃなくて?」

「材料が一つ分しかないんですよ。なので、説明を聞いてもらいながら作ってもらえればと」

「…………怖い」


 失敗したらどうなるのか、そんな事が頭をよぎる中での魔法袋作成になるのだった。

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