第120話:収納特化の魔法袋
「下準備は簡単です。深海の結晶を細かく砕き、ジャイアントフロッグの胃袋をひっくり返して内面に敷き詰めてから元に戻し、その中にゴムの木の樹脂を流し込む、ただこれだけです」
「え? そうなんですか?」
「まあ、あくまでも下準備ですね。難しいのはここからですから」
カナタの疑問にヴィンセントはウインクをしながら微笑む。
下準備を終えたジャンアントフロッグの胃袋を錬金術用の魔法陣の上に載せると、ヴィンセントは両手を指定の場所に置いて魔力を流し込んでいく。
すると、魔法陣から光が浮かび上がり、その光量がだんだんと強くなる。
「まずは魔力を魔法陣の上で安定させます。ここで無理に素材の融合を始めてしまうと、魔力が霧散してしまい素材が劣化して使えなくなるか、最悪の場合は魔力が暴走して爆発します」
「ば、爆発……」
「なので、魔力が安定するまでは絶対に融合を始めないでください」
ヴィンセントの言葉にカナタは大きく頷いた。
しばらくすると光量が一定に落ち着き、魔力が安定したのだと見た目にも分かるようになってくる。
「ここまできたら、後はゆっくりと魔力と素材を馴染ませていき、各素材の融合へと入っていきます」
「あの、素材の融合というのは?」
単純な疑問にもヴィンセントは丁寧に答えてくれる。
錬金術という技術には、カナタが行ってきたインゴットを作る以外にも役割がある。
ヴィンセントが行っている魔法袋作成に必要となる素材の融合もその一つだ。
素材同士を掛け合わせる事で、そのものが持つ特性をより高めたり、全く別の特性を引き出させたりする事が融合の目的である。
今回で言えば三つの素材を融合させる事によって、見た目以上の容量が収納できる魔法袋を作るというものだ。
「組み合わせは様々ですし、これらの素材以外を融合する事によって同じ特性を引き出せる可能性もあります。今回行っている作り方は、魔法袋の最も浸透している作り方の一つですね」
不純物を取り除いてインゴットにするのも、素材同士を融合させて特性を高めたり別の特性を引き出すのも、全てが錬金術という技術なのである。
「他にもポーション作りや魔石の加工なども、錬金術の技術と言えるでしょうね」
「魔石の加工はやった事があります。リッコの剣にも魔石を使っていますから」
「素晴らしいですね。武具に魔石を加工するのは鍛冶師の領分ですが、その一つ手前は錬金術師の領分なのです。それらを一人で行えるというのは、カナタ様の大きな武器になると思いますよ」
会話をしながらもヴィンセントは錬金術を進めている。
魔法陣の上を漂っている魔力が可視化した光が、ゆっくりとジャイアントフロッグの胃袋に吸収されていく。そして、その中では樹脂と深海の結晶と胃袋の内面が融合の過程を進んでおり、完全に一つとなれば魔法袋が完成する。
今回は収納を目的として作っているが、その容量を決めるのは元となる素材の質に起因してくる。
ジャイアントフロッグのサイズ、深海の結晶のサイズが最も起因しており、樹脂は最終的な容量に合わせた量が必要になるのだ。
「今回のものであれば、3メートル四方の収納に特化した魔法袋が完成します」
「それでも相当大きいものですよね?」
「そうですね。ただ、収納特化の魔法袋は先にも話した通り、王侯貴族が使う事が多いので、この程度なら大銀貨数枚といったところでしょうか」
「……それでも、100万ゼンス以上はするんですね」
それだけ高価なものが目の前で作られているのかと考えるのと同時に、この後に自分はもっと高価なものを作るのかと思うと緊張してしまう。
何せ、失敗すると素材を無駄にしてしまうか、最悪の場合には爆発してしまうと聞かされていたからだ。
「そこまで緊張しないでいいですよ」
「……え?」
「私もサポートしますし、絶対に失敗などさせませんから。では、最後の仕上げへと進んで行きますね」
微笑みながらそう告げたヴィンセントは、最後の仕上げだと口にして表情を真剣なものへと変える。
カナタの視線もジャイアントフロッグの胃袋へと向き、完成の瞬間を見守る。
吸収されていく魔力の光が徐々に少なくなり、最終的にはジャイアントフロッグの胃袋の周囲を漂うだけになってしまった。
錬金鍛冶のように眩い光が放たれる、という事は一切なく、なんとも落ち着いた状況で魔法袋の完成を見届けた。
「……ふぅ」
「……これで、完成ですか?」
「はい。収納に特化した魔法袋の完成です」
「あの、持ってみてもいいですか?」
「もちろんです」
ヴィンセントは完成したばかりの魔法袋を手にすると、そのままカナタへ手渡す。
受け取ったカナタは外から、そして口の方から中を覗き込んでいく。
「……真っ暗ですね」
「空間拡張に伴って、本来あるはずの内面が広がっていますからね。3メートル四方ですから……あぁ、あれを入れてみますか」
そう呟きながら、ヴィンセントは壁に掛けられていた一本の剣を取り外してカナタへ手渡した。
「ん? それは、ヤールスが自分で打ったと偽っていた剣じゃないのか?」
「そうなのですか? 改築するにあたり、残されていた一番良い剣だけを残していたのですが……処分した方が良いでしょうかねぇ?」
しかもそれはヤールスが打った剣ではないという事実を知っているカナタは苦笑いを浮かべていたものの、とりあえずは何も言わずに剣を魔法袋に突っ込んでみた。
「うおぉっ!? ……は、入っちゃった」
「うわー。私も入っていく光景は初めて見たけど、なんだか不思議な感じだね」
「これ、取り出す時はどうするんですか?」
「手を突っ込んでから、取り出したいものを思い描いてください」
「そ、それじゃあ……」
手を入れるのもドキドキだったものの、自分の体が入っていくという事はなく、ヴィンセントが教えた通りにやってみると、剣の柄を掴んだ感覚があり引き抜いてみた。
「おぉっ! 本当に取れましたよ!」
「無事に完成したようですね。それでは、一度休憩を挟んでから保存に特化した魔法袋を作ってみましょうか」
大量の魔力を消費したヴィンセントの額には汗が浮かんでいる。
カナタは何度もお礼を口にしながら、休憩に入っていった。
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