第119話:錬金術師ヴィンセント・フリックス
ヴィンセントの研究室は、ヤールスの工房を改良して造られたものだった。
鍛冶工房だった頃は乱雑に置かれた素材が多かったものの、ヴィンセントは素材を丁寧に扱っており、素材棚には綺麗に陳列されている。
それを見ただけでも、この部屋をヴィンセントが使ってくれてよかったと思えてならない。
「魔法袋と言っても様々な種類がございます、大きく分けて三つの種類に分けられます」
容量を大きくして収納を目的とした魔法袋。
時間経過を止める保存を目的とした保存袋。
収納と保存の両方を目的とした保存袋。
大きく分けて、この三つに分けられる。
「全ての機能を有した保存袋もありますが、それをしようとすると錬金術のスキルもそうですが、より貴重な素材を用意しなければならなくなりますので、多くの場合がどちらかに特化させて作られるものです」
「ちなみに、殿下の魔法袋は?」
「俺のは全ての機能を有した保存袋だな」
「……あ、そうですか」
「素材は殿下が用意してくれましたからね。後は私の技術を全てつぎ込ませていただきました」
そうして出来上がったのが、小金貨五枚の価値を持つ魔法袋だ。
初めての魔法袋作成でそれだけの作品になるとは思っていないので、カナタはどちらかに特化させるべきだと考えた。
「多いのはどっちの魔法袋なんですか?」
「王侯貴族の場合は収納を目的としたもの、騎士や冒険者の場合は保存を目的としたものですね」
「となると、俺たちの場合は素材を多く確保したいわけだし、容量を大きくした収納を目的とした保存袋にするべきだな」
「せっかくなら全ての機能を持った保存袋を作りましょうよ!」
「そんなお金はない! 殿下が出してくれるとは言っても、遠慮するのが普通だろう!」
「ん? 遠慮なんてしなくていいぞ? 作れるならその方がいいだろうしな」
「えぇ、構いませんよ。では、いくつか材料を見繕ってきますので、しばらくお待ちください」
ここでも勝手に話が進んでしまい、ヴィンセントは素材棚の方へ歩いていってしまう。
「……なあ、リッコ。お前、少しは遠慮しろよなぁ」
「王侯貴族に遠慮なんてしていたら、もったいないじゃないのよ」
「お前も貴族だろうが」
「いや、リッコの言う通りだろう」
「殿下まで……」
「自らの利しか考えていない相手であれば俺も断るし、無礼だと追い払うだろう。だが、カナタやリッコはそうじゃないだろう?」
二人は王命を受けてライルグッドに同行している。
それだけではなく、アルフォンスのために剣を作ったり、これからも大きな利を与えてくれる事だろう。
「これは俺からの先行投資だとでも思ってくれ」
「うーん……まあ、殿下がそう言ってくれるなら、分かりました」
「カナタ君は遠慮し過ぎなのよ!」
「リッコはグイグイ行き過ぎだからな!」
そうこうしているとヴィンセントが素材を手に戻ってきた。
その手には三つの魔法袋を作る分の素材があり、一つは収納を目的として作る用、一つは保存を目的として作るよう、最後の一つが全ての機能を有して作る用だ。
「最初に私がお見せしますので、その後にカナタ様に作ってもらいましょう」
ヴィンセントがそう口にすると、カナタは一度頭を下げてから、彼の動きが見えやすい正面へ移動する。
最初にテーブルへ広げられた素材は、収納を目的とした素材である。
素材の数は三つ。
体長3メートルに迫る巨大な魔獣ジャイアントフロッグの胃袋。
水深300メートル以上の海底でしか採る事のできない深海の結晶。
伸縮性の高い装備を作る事ができるゴムの木の樹脂が5リットル。
「ジャイアントフロッグの胃袋は非常に丈夫で、錬金術との相性も良く、魔法袋の素材として使われる事が多いです。深海の結晶は砕き、胃袋の内面に敷き詰めて空間を拡張させる効果を付与します。最後にゴムの木の樹脂ですが、これは拡張した空間が破裂しないように壁としての機能を持たせます」
「空間の破裂?」
「えぇ。拡張した空間が破裂してしまうと、収納していたものが空間内で捻じ曲げられて破壊されるだけではなく、その場に全てのものが放出されてしまいます。ゴムの木の樹脂は伸縮性が高く、さらに丈夫なので魔法袋を作るうえで重要な素材となります」
「うえぇぇ。中身が捻じ曲げられるって、もし魔獣を放り込んでいたら、悲惨な事になるわね」
冒険者として活動していたリッコとしては、お金になる魔獣素材を余す事なく回収したいという思いが真っ先に出てきた。
だからこその発想であり、カナタが思いつかなかった考えてもある。
「そうだな。俺、単に荷物が全部ダメになるくらいにしか考えてなかったよ」
「まあ、冒険者と貴族や平民、考え方の違いだろうな」
「そうですね。それに、どちらの考えも間違えではありませんし、きちんと丈夫に作ればそのような事態になる事はありませんから、しっかりと学んでいきましょう」
「分かりました。よろしくお願いします、ヴィンセント様!」
こうしてまずは、収納を目的とした魔法袋作りが始まった。
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