第118話:リッコの提案

 館に戻ってきたリッコは、荷物を片付けて早々にカナタの部屋へ突撃してきた。


「……ど、どうしたんだ?」

「カナタ君! 魔法袋を作ろう!」

「…………は?」


 突然の提案にカナタは呆気にとられた声を漏らすが、リッコの表情は真剣そのもので、了承するまでは帰らないという意思まで感じられる。

 しかし、カナタは魔法袋の作り方など知るはずもなく、むしろ作れるのかすら分からない。


「ちなみに、リッコは作り方って分かるのか?」

「錬金術よ!」

「……れ、錬金術?」

「そうよ!」

「……錬金術でどうやって作るんだ?」

「それは! …………さぁ?」

「知らないのかよ!」


 まさかの知らない宣言にカナタはツッコミを入れてしまう。

 だが、本当に錬金術で作れるならこれからの移動がだいぶ楽になると考えると、少しくらいは調べてみてもいいかと思えた。


「……だが、アッシュベリーに錬金術に詳しい知り合いなんていないぞ?」

「そうなの?」

「あぁ。今は分からないけど、バカ親父が領主をしていた時は錬金術を忌避していたからな。館がある街に錬金術師を置いておくわけがないんだよ」

「でも、鉱石に錬金術を行う必要もあったでしょう?」

「鉱石は全部商人から仕入れてたからな。俺も目利きには参加していたし、間違いないよ」


 実際は仕入れの全てをカナタが行っていたのだが、その事をカナタは知る由がなかった。


「殿下やヴィンセント様は?」

「こんな事を聞いてもいいのかなぁ?」

「何かお困りですか?」


 ドアを開けたまま話をしていた事もあり、たまたま通りかかったヴィンセントの耳に名前を口にしていたのが聞こえていた。


「あ、ヴィンセント様」

「ねえ、ヴィンセント様。魔法袋の作り方って分かりますか?」

「魔法袋ですか? 知ってますけど?」

「そうですよね、知らないですよね。うーん、やっぱり無理があるん……じゃ……え?」

「え、ちょっと、ヴィンセント様! 知っているんですか!?」

「はい。私は錬金術師として成果をあげて、準男爵の爵位を賜りましたから。ちなみに、殿下の魔法袋は私が献上したものですよ」

「「…………ええええええええぇぇっ!?」」


 予想外にも近くに魔法袋について知っている、むしろ作れる人物がいた事に声をあげてしまう。

 その声を聞いてライルグッドもやって来てしまい、結局は全員に事情を説明する事になってしまった。


「確かに、魔法袋は一つあるだけでも旅がだいぶ楽になるな」

「それに、売ってしまえば相当な稼ぎにもなりますからね」

「ち、ちなみに、相場はおいくらくらいなんですか?」

「容量にもよりますが、私が殿下へ献上したものは一辺5メートル四方の容量があって、だいたい小金貨五枚くらいですかね」

「小金貨五枚って事は……ご、5000万ゼンス!?」

「そこから容量が小さくなるにつれて、金額も低くなっていきますよ」

「……えっと、これ、もし作れるようになったら、すごい事ですよね?」


 金額を聞いて驚愕しているカナタだったが、もし作れるようになった時の事を考えると当然の反応かもしれない。


「とてもすごい事ですよ。それに、貴族に知られれば囲われる事も間違いなしです」

「金づるとしてな」

「私はそうじゃないわよ?」

「リッコは分かっているよ。ってか、あの時点で俺が錬金術を使える事も分からなかったじゃないか」


 しかし、それだけのお金を稼げる技術であれば、そう簡単には教えてもらえないだろうと諦めるきっかけにもなる。


「ヴィンセント様! カナタ君に魔法袋の作り方を教えてくれませんか!」

「それは無理だよ、リッコ。これだけの技術だし、きっと一子相伝とか、そういう技術なんだ――」

「別に構いませんよ」

「……え?」

「やったー! ありがとうございます、ヴィンセント様!」

「いや、ちょっと?」

「もし時間があれば、今からでも構いませんよ?」

「本当にいいんですか、ヴィンセント様!?」


 あっさりと許可を出してしまったヴィンセントに再度確認を行うカナタだったが、彼はニコリと笑いながら大きく頷いていた。


「えぇ。作り方に関しては結構広まっていますしね。一番の問題は素材の準備ですし」

「素材の準備、ですか?」

「今はたまたま素材がありますから、買い取っていただけるならですけどね」

「……ち、ちなみに、おいくらの素材ですか?」


 ロールズから結構な金額を受け取っていたので懐にはまだ余裕があるものの、5000万ゼンスになり得る素材となれば、常識の遥か上を行く金額になる可能性の方が高い。

 カナタはごくりと唾を飲み込みながら、ヴィンセントの言葉を待った。


「――その金額は俺が出そう」

「……殿下がですか?」

「あぁ。二人には迷惑を掛けているし、世話にもなっているからな。それに、アルの剣を作ってくれた礼もまだできていない」


 しかし、声を挟んできたのはライルグッドだった。


「ダ、ダメですよ、殿下!」

「さすがは殿下、太っ腹ですね!」

「リッコもすぐに乗っかるなって!」

「構わんよ。だからヴィンセント、カナタに魔法袋の作り方を教えてやってくれ」

「うーん……まあ、殿下が支払ってくれるなら、私としては問題ありませんし、いいですよ」

「ちょっと、みんな!? 勝手に話を進めないでくださいよ!」


 カナタが止める声は誰の耳にも届かず、全員がヴィンセントの研究室へ向かう事になるのだった。

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