第117話:着せ替え人形と馴れ初めと

 しばらく二人でカナタの洋服を選んでいたのだが、徐々にその視線がこちらに向いてきたこともあり、彼は首を傾げてしまう。

 だが、すぐにその理由が判明した。


「「さあ! 全てに袖を通しなさい!」」

「……は? はああああぁぁっ!?」


 二人が選んだ洋服は十着以上あり、その全てに袖を通すと考えたカナタは辟易を隠せずにいる。

 それでも二人には関係がないようでカナタの背中を押していくと、その先には試着室が待っていた。


「ちょっと待って! 本当に全部に袖を通すんですか!?」

「当然じゃないのよ!」

「いやー、腕が鳴るわねー!」

「な、鳴らさないでくださいよ!」


 これ以上は何を言っても無駄だと悟り、さらに言えばごねていると着替えまで手伝うと言いかねない二人である、カナタは仕方なく洋服に袖を通していく事にした。


「……まあ、こんなのも悪くないか」


 試着室に入ったカナタはそんな事を思いながら一着ずつ、姿を確かめるようにして袖を通していく。

 二人が選んだ洋服は全てカナタの趣味に合っており、どれも気に入ってしまうものばかりだ。

 ただし、全てを購入するとなると荷物になってしまうので悩ましくなってしまう。

 ただ、面倒である事に変わりはなく……。


「ねえ、試着は終わったのー?」

「はいはーい、今出るよ、リッコ」

「早く出てきなさい!」

「怒鳴らないでくださいよ、アリーさん!」


 一着を着るごとに二人にもその姿を見せなければならないので、試着に倍以上の時間を要してしまう。


「うん! やっぱり似合っているわね!」

「カナタは見た目がいいんだから、もっと自信をもって着こなしてもいいんだよ!」

「見た目がいいかはともかく、自信をもって着こなすのは無理だなぁ」


 とはいえ、こうして誰かに洋服を見てもらいながら選ぶという事が初めてだったので、予想以上に楽しくて驚いてもいた。

 こうして全ての洋服に袖を通したカナタは、特に気に入った洋服を五着選んでおり、そこからさらに何着購入するかを考えていた。


「全部買っちゃえば?」

「いや、荷物になるだろう」

「あら、魔法袋を持っていないのかい?」

「むしろ、なんでそんな高価な道具を持っていると思っていたんですか、アリーさん?」


 ライルグッドは持っているものの、彼は第一王子であり魔法袋も王族のものだ。

 それにカナタたちの荷物を入れてもらうなど、無礼以外の何ものでもないだろう。

 そんな事を考えていると、リッコが何かを思い出したかのように口を開いた。


「……そうだ! カナタ君、これを全部買おう!」

「だから、荷物になるって言ってるだろう。買うにしても二着か、多くて三着だろう」

「大丈夫! カナタ君なら大丈夫だって!」

「……なあ、リッコ。その自信はいったいどこから出てくるんだ?」

「まあまあ、それは戻ってからのお楽しみってね!」

「戻ってからって、デートは?」

「そんなもの、これからいくらでもできるでしょう!」


 楽しみにしていただろうデートを放り出してでもやりたい事を見つけたのかと呆れてしまったが、リッコがいいのならそれでも構わないかとカナタは渋々頷く。

 しかし、そこで待ったの声を掛けたのはアリーだった。


「ちょっと待ちな! あたいは二人の馴れ初めを聞いていないわよー?」

「うぐっ!? ……バレたか」

「カナタの場合はそんな事だろうと思ったわよ!」

「そうね! デートはここでやりましょう! 何か食べ物と飲み物を買ってきてもいいですか?」

「いやいや、ここは洋服屋だぞ? さすがにダメだろう」

「構わないわ! お店は閉めるから、中に案内するよ!」

「閉めるんですか!?」


 まさかの選択にカナタは驚きつつも、アリーが本当に閉店の看板を店頭に出してしまったので、彼は盛大にため息をついた。


「さあさあ、二人で行ってきなさい! 裏口はカナタが分かっているでしょう?」

「分かっていますけど」

「よーし! それじゃあ行くわよ、カナタ君!」

「あー、もう! 分かったよ!」


 リッコに手を取られて店の外に出たカナタは、近くの屋台に顔を出して色々と買い込んでいく。

 幸いにもカナタの事を知っている人はおらず、ホッと胸を撫で下ろしながら洋服屋に戻ってきた。

 裏口から中に入ると、すでにアリーがテーブルを準備しており、彼女もいくつかの料理を用意してくれていた。


「今朝の残り物だけどね」

「嬉しいです! ありがとうございます!」

「それじゃあ、何から話そうか?」

「出会いってなると、西の森かしら?」

「リッコに会えなかったら、絶対に魔獣に喰われて死んでいたからなぁ」

「楽しそうな内容だねぇ! どれ、聞かせておくれよ!」


 その後、二人はアリーと出会いから今日までの出来事を楽しそうに語っていく。

 錬金鍛冶に関してだけは誤魔化しながらになってしまったが、アリーも貴族には言えない事もあるのだと理解しているので追及する事はしなかった。

 こうして楽しい時間を過ごした二人は五着の洋服を購入して、館へと戻っていったのだった。

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