第116話:大歓迎

 ――カランコロンカラン。


 ドアに取り付けられた呼び鈴が鳴り、店主に来客を伝える。


「いらっしゃいませー。ちょっとお待ちくださいねー」


 聞き慣れていただろう女性の声にドキリとしながら、カナタは入口近くでウロウロしてしまう。

 その姿にリッコはクスっと笑みを浮かべ、彼の近くで待つ事にした。

 しばらくして、恰幅の良い年配の女性店主が姿を見せたのだが、彼女はカナタの顔を見た途端にその場でピタリと動きを止めてしまう。


「……カナタかい?」

「……お、お久しぶりです、アリーさん」


 アリーと呼ばれた女性はジーっとカナタの事を見ていたのだが、頭の中が目の前の出来事に追いついたのかゆっくりと近づいてくる。そして――


「……本当にカナタなのかい?」

「本当ですよ! こんな偽物がいるわけないでしょう!」


 まさかの偽物を疑われてしまい、すぐにツッコミを入れてしまう。


「あっはは! うんうん、そのツッコミ、やっぱりカナタみたいだね!」

「そりゃそうですよ」

「しっかし、久しぶりだねぇ。ヤールスに追い出されたって聞いてからずっと心配していたんだけど……なんだい、元気そうじゃないか!」

「運が良かったんですよ」

「運も実力の内って言うからね! それに……どなただい、そちらのべっぴんさんは!」


 ニヤニヤと笑いながら肘で突かれてしまい、カナタは苦笑を浮かべてしまう。


「えっと、こちらはワーグスタッド騎士爵様のご息女で――」

「カナタ君とお付き合いをさせてもらっています、リッコ・ワーグスタッドと申します」


 カナタができるだけ当たり障りない紹介をしようとしている中で、リッコは堂々とお付き合いをしていると口にした。

 驚いたカナタだったが、アリーは貴族の娘だと聞いても怯む事はなく、カナタの彼女だと知った途端に一気に距離を縮めてきた。


「あらあら、まあまあ! カナタ、器量の良いべっぴんさんを掴まえたもんだねぇ! こりゃあ、ヤールスに追い出されて大正解だったみたいだね!」

「あはは。まあ、今になってみるとそうかもしれませんね」

「そりゃそうさね! 爵位剥奪に鉱山送り、子供たちもユセフが鉱山送りで後は平民として生活しているけど、昔みたいに贅沢はできていないみたいだしね!」

「命があるだけマシだと思いますよ?」

「確かに! 貴族のご息女様とは言っていたけど、よく分かっているじゃないか!」

「ちょっと、アリーさん! 言葉遣いとか――」

「私は構わないわよ? というか、今の私は冒険者だもの」


 リッコがアリーの態度に文句をつけるとはカナタも思っていないが、それでも貴族を相手にした言葉遣いではない事に慌ててしまった。

 だが、この二人は相性が良いのか普段通りの口調で普通に会話を楽しんでいる。

 その姿に自分の心配が全く意味を成さないと理解してため息をついてしまった。


「……はぁ。まあ、いっか」

「それで、今日はどうしたんだい? わざわざこんなところに戻ってきて?」

「いや、ちょっと予定外の事があって、少しだけ滞在する事になったんです。今日はリッコにアッシュベリーを案内するつもりだったんですけど、服がなくて……」

「あー……確かに、デートをするには全くダメダメな洋服だねぇ」


 カナタの姿を上から下まで眺めた後、バッサリとダメだと口にしたアリーは、踵を返すとすぐに洋服を一式、それも一組ではなく何組も選んでは持ってくる。


「……あの、えっと、アリーさん?」

「あたいを誰だと思っているんだい? 何年もあんたの洋服をコーディネートしてきたんだよ?」

「それはそうですけど……」

「アリーさん! 私も選んでいいですか!」

「もちろんさね! さあさあ、こっちに来な!」

「ちょっと、リッコ!?」


 楽しそうに声を弾ませたリッコが声を掛けると、アリーは満面の笑みを浮かべながら手招きする。

 残されたカナタは入口近くで固まってしまったが、そういえば昔はこうだったなと思い出すと、苦笑しながらいつも腰掛けていた壁際にある椅子に座った。


「……ここが、俺にとっての心の安らぎだったっけなぁ」


 館にいても興味のない視線を注がれ、鍛冶をしていたら怒声を浴び、生きている意味について考えた事もあった。

 しかし、アリーの洋服屋に来ると彼女の性格もあって体に活力が漲り、まだまだ頑張れると思えた日々を思い出す。

 時には気合いを入れてあげると背中を強く叩かれた事もあったが、今思うとあれがあったからこそ頑張れた。

 そして、久しぶりに訪れた今でもこうして歓迎してくれる姿に、カナタは実の母からは与えられる事のなかった愛を感じる事ができた。


「カナタ!」

「は、はい!」

「まだまだ時間はあるんだろう? 彼女さんとの馴れ初め、聞かせなさいよ!」

「……え、えぇぇ~?」

「私もアリーさんとお話ししたいです!」

「あら、嬉しいわねぇ!」


 どうやら断る事はできないと悟ったカナタだったが、その表情には笑みが浮かんでいたのだった。

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