第115話:久しぶりの街並み
カナタは緊張していた。
これがリッコとの初デートだから、というのもあるだろうがそれだけではない。
今日だけは館を出ると決意したものの、視線はどうしても周囲へと向いてしまっていた。
「……もう!」
「な、なんだよ」
「せっかくのデートなんだから、私の方を見てくれてもいいんじゃないかなー?」
「うっ!? ……そ、そうだよな。すまん」
リッコに指摘されてしまい、カナタは気持ちを入れ直す。
自分が初デートだという事は、当然ながら相手にとってもそういう事だ。
記念すべき初デートに全く違う事を考えてしまっている自分を叱咤し、そして隣を歩いていたリッコへ振り向いた。
「よし! 行こう! アッシュベリーの事は俺の方が詳しいから、まずは名所を案内するよ!」
「そうこなくっちゃね! ……っと、その前にー」
「ん? どうしたんだ?」
「うっふふー」
館を出る前にも似たような笑い方をしていたと気づいたカナタは、リッコへジト目を送る。
「……な、なんだよ?」
「カナタ君はさぁ~、館を出る前から洋服の事を気にしてたわよね~?」
「ま、まあな。初デートでこれはないかなって思ってたんだけど……」
ニヤニヤしながら確認をしてくるリッコに、カナタは少しだけ後退る。
しかし、リッコはそれよりも大きく一歩前に踏み込むと、カナタの目の前にニコリと微笑みながらこう告げた。
「私がカナタ君の洋服を見繕ってあげる!」
「……いや、勘弁」
「これは決定事項なのでーす! だからさあ、名所へ行く前にお洋服屋さんに行きましょう!」
「ちょっと待って! 洋服はまた今度自分で買いに行くから、一緒にはさすがに恥ずかしいって!」
「ちょっとー! 私と一緒に歩くのが恥ずかしいって言いたいのかなー?」
「そ、そういうわけじゃないけど……」
やや芝居がかった口調でそう告げたリッコは、カナタへ上目遣いの視線を送る。
恥ずかしそうに視線を切るものの、横目でリッコを見るとなおも上目遣いでカナタを見つめ続けていた。
「……わ、分かった、分かったよ! こっちだ、行こう!」
「さっすがカナタ君ねー! リッコ、嬉しい!」
「その変な喋り方は止めてくれ!」
顔を真っ赤にしながら歩き出したカナタは、その右腕をリッコに抱きしめられて耳まで赤くしてしまう。
これ以上は何を言っても言い返されると思ったカナタは何も言わず、ただリッコのされるがままになっていた。
「……ありがとう、カナタ君」
「な、何か言ったか?」
「ううん、なんでもなーい!」
一方でリッコもカナタの腕を抱きしめた時点で恥ずかしさが爆発していたものの、やってしまったからには続けなければと必死になっていた。
そして、腕を振り払わないカナタの態度が嬉しくもあり、自然と感謝の言葉が零れるのだった。
アッシュベリーは元伯爵領の館があった街とあって、外壁は高く衛兵たちの練度も高い。
そして、当然ながら街の中も賑わっている。
ただ、カナタからするとヤールスの時とヴィンセントの時とで、大きく異なっている部分が視界に飛び込んできた。
「……みんな、笑ってるなぁ」
「どうしたの?」
「いや、バカ親父が領主をしていた頃は、領民もこんなには笑ってなかったなって思ってさ」
「……いや、それってどうなのよ」
「……仰る通りで。でも、本当にみんな笑ってるなって驚いちゃって」
男性も女性も、大人も子供も、通りを歩く誰もが笑みを浮かべており、楽しそうに談笑している。
ヤールスのお使いでたまに街へ足を運んだ事もあったカナタだが、その時は笑っている人は少なく、誰もが必死になって働いている姿しか思い出されない。
「……ヴィンセント様は、本当にすごい人なんだなぁ」
少しだけしんみりしてしまったが、良くなったのだから気にする必要はないと気持ちを切り替えた。
「そういえば……」
「どうしたの?」
「……俺、ここの店主と知り合いなんだった」
別に隠れているわけではないのでバレたとしても問題はないのだが、ブレイド家が陛下から処分を言い渡されている中で、自分だけが普通に出歩いているのがいい事なのかどうかが気になっていた。
「他にお洋服屋さんってあるの?」
「あるにはあるけど、どんな洋服が置いているかとか分からないんだよなぁ。ここは気に入っていたし、ずっと利用していたから勝手に足が向いちゃったんだよ」
「そっかー。……だったら、別にここでいいんじゃないの?」
「いや、でもなぁ……」
「大丈夫だって! カナタ君は周りの事を気にし過ぎなの! ほら、行くよ!」
「お、おう」
カナタは何も悪くないという事を知っているリッコは笑みを浮かべながらカナタの手を取ると、そのまま洋服屋の扉を開いた。
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