第114話:今のアッシュベリー
アルフォンスのための剣を作り魔力枯渇を起こしていたカナタ。
翌日には全快したカナタとは違い、アルフォンスが目覚めるまでにはまだ時間が掛かっており、フリックス準男爵領にやって来てから五日が経とうとしていた。
「アルフォンス様は大丈夫でしょうか?」
「五日も目を覚まさないとはな。だが、あいつがこれくらいでくたばるわけがない、大丈夫だろう」
「くたばるって……殿下のその口の悪さはどうにかならないんですか?」
「殿下の場合はそれが地ですからね。どうにかなるものではないと思いますよ」
「ヴィンセント、お前なぁ」
雑談を交えながら朝食を取っているのはカナタ、リッコ、ライルグッド、ヴィンセントである。
ライルグッドの予想では五日ほどで目を覚ますとされていたアルフォンスだが、現時点ではまだ目覚めていない。
心配そうにしているカナタだったが、ライルグッドは大丈夫だと自信満々だ。
「カナタもたまには外に出てみたらどうだ?」
「そうだよ! 私が護衛をしてあげるからさ!」
「無理はして欲しくありませんが、可能であれば元ブレイド伯爵が運営していた時と、今との違いを見て欲しいとは思っています」
カナタは目覚めてから今日まで、一度も館を出た事がない。
その理由としては、元ブレイド伯爵でありカナタの父であるヤールスの三人の子供、次男ヨーゼス、三男ルキア、四男ローヤンが街で働いているからだ。
顔を合わせれば文句を言われる事が目に見えているので、面倒を起こさないためにと引きこもっている。
しかし、ヴィンセントが口にしたように館がある今のアッシュベリーがどのような発展を遂げているのか、そこに興味を引かれつつあった。
「……それじゃあ、一度だけ街に行ってみようかな」
「絶対に守ってあげるからね!」
「前は断られたが、俺が保護しているという証明を――」
「いや、それは遠慮しておきます」
「だから何故だ!?」
結局、街の方にはカナタとリッコの二人で向かう事となり、ライルグッドが保護しているという証明は今回も遠慮する事にした。
「……全く、俺の保護というのはそうそう渡すものではないんだぞ? それをあんな簡単に断るものか? なあ、ヴィンセントよ?」
「それを持っている方が面倒に巻き込まれると思ったんじゃないんですかねぇ?」
ヴィンセントの言う通り、カナタは保護の証明を持っている方が変な輩に絡まれる可能性が高いと考えていた。
何もなければ使う事はないものだが、一度でも使ってしまえば有象無象が近づいて来ないとも限らない。
それはカナタがカナタ・ブレイドだからでもあり、本当に一度だけのつもりだったからだ。
「それじゃあ、今日は食事の後に行ってみましょう!」
「分かったよ」
「昼食も外で食べましょうね!」
「はいはい」
楽しそうなリッコを見て、カナタは苦笑を浮かべながら返事をする。
「……まあ、二人の邪魔をするわけにはいかないか」
「……そうですね」
そして、ライルグッドとヴィンセントは二人の記念すべき初デートを邪魔してはいけないと館にこもる事を決めたのだった。
朝食が終わり部屋に戻ったカナタだったが、ここで一つ大きな問題に直面していた。
「……しまった、デートに着るような洋服なんて、持ってないぞ」
自分の洋服を見てみると、旅で着ていた洋服が数点あるだけで、その全てがボロボロになっている。
糸がほつれているのは当たり前、穴が開いているものまであるくらいだ。
貴族の子女がボロボロの洋服を着た男とデートだなんて考えられないと思ったカナタだったが、考えがまとまらないうちにドアがノックされた。
『……大丈夫?』
「ちょっと待って!」
『え?』
カナタが返事をするよりも早く、ドアが開かれてしまう。
ドアの隙間から顔を出したリッコは、準備が進んでいないカナタを見て怪訝そうな表情を浮かべた。
「……なんで準備してないの?」
「あー……そのー……着ていける服が、ない」
「……え?」
頭を掻きながらそう口にしたカナタを見て、リッコは首を傾げながら中に入ってくる。
そして、床に広げられたボロボロの洋服を目にすると――何故かニコリと微笑んだ。
「うっふふー」
「……なんで笑うんだ?」
「これならー、私のやりたい事ができるなーって思ってさー」
「リッコのやりたい事? ……いったい何なんだ? その笑い方からして、厄介事な気がするんだが?」
「そんな事ないわよー? それじゃあ今は、いつもの洋服でいいからすぐに行きましょう!」
いつもの洋服とは、床に広げられているボロボロの洋服の事である。
「……分かったよ。それじゃあ、すぐに着替えるから下で待っていてくれ」
「はいはーい!」
どうしようもないので比較的きれいに見える洋服を選んだカナタは、リッコが部屋を後にしたのを確認するとすぐに着替える。
本当にこれでいいのか、リッコが何を考えているのか、不安はあるものの今日のデートをできる限り盛り上げたいと思いながら一階へと下りていったのだった。
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