第三章:騒動と使命
第113話:プロローグ
「――これは決定事項なのですよ、カナタ様」
そう告げられた事実に、カナタは何も言い返す事ができず固まってしまう。
誰が、いつ、どの時点で決まっていた事なのか。頭の中で必死に考えてみたものの、答えを導き出せるはずもなかった。
「……ほ、本当に、俺が?」
「はい、カナタ様がです」
準男爵であるヴィンセントがカナタの前で跪き、彼の問いにはっきりと同意を示した。
「観念するんだな、カナタ」
「で、殿下。そんな事を言われてもですねぇ……」
二人を見守っていたライルグッドがニヤリと笑いながらそう口にするが、カナタは目の前の状況をすぐには飲み込めずにいる。
すると、カナタの横に立っていたリッコが口を開いた。
「私も助けになるよ、カナタ君」
「リッコまで」
「私にはワーグスタッド騎士爵の娘として培った知識と経験があるわ。それに、ヴィンセント様も力を貸してくれるというのであれば、全く問題なんてないんじゃないの?」
「いや、そう簡単なものではないと思うんだが」
頭を掻きながら煮え切らない態度を崩さないあカナタに対して、今度はアルフォンスが口を開く。
「カナタ様は今まで通りに過ごしていいと思いますよ」
「どういう事ですか?」
「錬金鍛冶を用いて作品を作り上げ、それを販売していく。それだけで領地は潤い、それらの運用に関してはヴィンセントとリッコ様に任せていい、という事です」
「さすがにそれだけというのは……」
「いいえ、それで構いませんよ」
アルフォンスの言葉に追従する形でヴィンセントがさらに言葉をつなげていく。
「私はこの領地を引き継いでから今日まで、自分で言うのもなんですが上手くまとめてきたと思っております。なので、運用に関しては夫人のリッコ様と協力させていただければ問題はありません」
「もう! ヴィンセント様ったら、夫人だなんて!」
「話の腰を折るな、リッコ」
「別にいいじゃないですか、殿下ー!」
急に照れてしまったリッコに対して口を挟んだのはライルグッドだったが、そんな彼に対してリッコはぶーぶーと文句を言っている。
通常ならば王族に対しての言葉遣いとして完全に逸脱しているのだが、すでに二人は友人と呼べる中なのでどちらも気にしてはいなかった。
「……とにかく、カナタ様はご自身の力をご存分に発揮していただければ問題ないのです」
「うーん……本当にいいんですか、ヴィンセント様?」
「構いませんよ」
話があまりにも急に進んでしまい戸惑っているカナタだが、どうやら戸惑っているのは自分だけだと気づいて大きくため息をついてしまう。
そして、ここでどれだけ問答を繰り返しても話は平行線のまま進まず、自分が折れるしかないのだと理解するには十分なやり取りになっていた。
「……はぁ。分かりました、俺がやるしかないんですね?」
「というか、これも王命だな」
「断ることはできませんよ、カナタ様」
「そういう事です」
「ヴィンセント様は自主的にやっていますよね?」
「まあまあ、いいじゃないのよ、カナタ君。頼れる人が仲間になるのって、嬉しい事だよ?」
それぞれが感想を口にしていく中で、カナタも覚悟を決める。
自分に何ができるのかは分かりきっている。アルフォンスやヴィンセントの言う通り錬金鍛冶で多くの作品を作り出し、世に送り出して資金を得ていく事だ。
そして、ヴィンセントはこの地に留まり続ける必要もないと口にした。
「時折戻ってきていただき、領地運営の報告を聞いてくれれば問題はありませんよ」
「いや、別に俺はいろんな場所に行きたいわけじゃない――」
「それがいいな。カナタには我らにも協力してもらわなければならないからな」
「私はすでに最高の剣を頂きましたから、問題はありません」
「だったら私もついていくわよ? 何せ、私は夫人であり、冒険者であり、護衛なんだからね!」
「いや、だから俺は錬金鍛冶ができれば一所に留まってもいいんだけど――」
「「それは無理!!」」
カナタの言葉はリッコとライルグッドによって遮られてしまう。
これもいわば王命なのでどうしようもないのだが、絶対に現地へ行かなければならないというわけでもないはずなのだが。
「その時々で対応していくには、やはりカナタが現地にいてくれる方がいいからな!」
「そうそう! 私だってずっと領地に引きこもっていたら体が鈍っちゃうもの!」
「……えっと、止めてくれませんか、アルフォンス様?」
二人が折れてくれる気配がないと知り、カナタは他人事のように見ているアルフォンスへ助けを求めた。
「殿下はへりくだる事のないカナタ様やリッコ様の態度に好感を持っていますから、一緒にいたいのだと思いますよ?」
「……へ?」
「貴様、アル! 変な事を言うんじゃない!」
「私は事実を申し上げただけですよ、殿下」
「ぐ、ぐぬぬっ!」
「……えっと、要約すると、寂しいって事ですか?」
「そのとお――」
「違うぞ! 断じて違うからな!」
「殿下、顏が赤くなってますよー?」
「リッコはしばらく黙っていろ!」
話がだいぶ逸れてしまいライルグッドとリッコが騒がしくなってしまったが、カナタは二人の信頼と信用を得られるなら、現地へ赴くのもありかもしれないと思い始めた。
「ゆっくり錬金鍛冶に勤しめるかと思っていたんだけど、そうはならないみたいだなぁ」
そして、これからの事に想いを馳せ、自然と笑みを浮かべるのだった。
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