第111話:四等級品の完成とカナタの状態
「――カナタ君!」
全身の力が抜けてテーブルに突っ伏したカナタを、リッコが慌てて支える。
そのおかげで地面に叩きつけられる事はなかったが、意識は失ったままで心配の顔は解けない。
「ヴィンセント! カナタを部屋に運ぶんだ!」
「は、はい! リッコ様、カナタ様をこちら……に……?」
ライルグッドの指示に従おうとしたヴィンセントだったが、リッコがそのままカナタを抱え上げてしまったので、伸ばした腕は何も掴めなかった。
「私が運びます!」
「わ、分かりました! 二階に上がりますので、そのまま中へ!」
代わりにヴィンセントは先行して二階に上がり、ドアを開けたり騒動を聞きつけたメイドと一緒になってベッドメイクをしたりしている。
一方でライルグッドは額に浮かんだ汗を拭いながらも、テーブルに残されたアルフォンスのための剣に視線を落とす。
「……見た目には確かに四等級の剣だが、これは……」
メインのミスリルに対して氷針石の量は五分の一程度のものだった。
だからかもしれないが、銀色のミスリルの剣身の上を淡い青色をした氷針石が混ざり合い、波を打っているように見える。
鍛冶の出来上がりは切れ味と硬度がより重要視され、目的に合わせた特化した性能が等級に反映される。
今回でいえばアルフォンスが使うために魔力への親和性、その中でも氷属性への親和性が良くなければならない。
そして、魔力への耐久性がより重要視されている。
「単なる銀鉄を使った六等級の剣でもアルの魔力に耐えてしまったんだから、ミスリルと氷針石を使ったこいつはどうなるかな」
ライルグッドの見立てでは間違いなく四等級であり、その中でも最上位に位置する剣のはず。
しかし、見立てはあくまでも切れ味と硬度を重視しただけのものであり、魔力への親和性と耐久性に関しては未知数だ。
さらに別の見方をすると、銀色と淡い青色のコントラストが非常に美しく、観賞用の剣としての価値も非常に高く仕上がっている。
それらを加味すると、場合によっては四等級では収まらない評価になるかもしれない。
「まあ、価値で言えば間違いなく四等級以上の価値はあるだろうけどな」
実際の切れ味や硬度も四等級の中でも最上位だと見ているライルグッド。
そこに最上位の魔力への親和性や耐久性が加われば、間違いなく価値は上がると予想していた。
「……これでカナタが本気の錬金鍛冶を行っていたら、どうなっていたのだろうか」
そんな事を呟きながら、ライルグッドは自らの一等級の剣に視線を落とす。
一等級とはいえ、こちらの剣は精錬鉄のみを使った剣であり、素材の質でいえばミスリルにも氷針石にも劣る素材だ。
切れ味と硬度を最大級に高めている事から一等級になっているが、それでも一等級の中でも下位に位置する出来である事に間違いはない。
もちろん、現時点でライルグッドが持っている剣の中では最上位の作品である事に間違いはないのだが、それでも素材もより良いものであればと考えてしまうのは致し方ないのだろう。
「……陛下に献上しても、よかったかもしれないなぁ」
そうすれば別の素材でもう一度作ってもらえたかもしれない。そんな打算がどうしても頭の片隅を掠めてしまう。
そんな事を考えていると、二階から対応を終えたヴィンセントが下りてきた。
「カナタは大丈夫そうなのか?」
「はい。どうやら、限界まで魔力を消費したようですね」
「魔力枯渇か……まあ、ミスリルと氷針石を使った剣を作ったわけだからな」
「そうですね。通常、この二つは錬金術で抽出するにも膨大な魔力を消費しますし、鍛冶をするにも相当に体力を失います。それを同時に行ったわけですからね」
口にしながらヴィンセントも剣の方へ視線を向ける。
ライルグッドだけではなく、ヴィンセントもこの剣の価値を相当に高く評価していた。
「……これ、四等級なんですよね?」
「そのはずだ」
「……総合的な評価でいえば、三等級はあるのではないですか?」
「もしくは、それ以上の可能性もあるな」
「……殿下。これ、本当にアルフォンス様にお渡しするのですか?」
ヴィンセントの質問に腕組みをしながら考え始めたライルグッドだったが、すぐに大きく頷いた。
「もちろんだ」
「しかし、他の王子たちから反感を買いませんか?」
「そうなったらなったで、俺がどうにかすればいいだけの話だ。アルはもちろん、カナタやリッコにも絶対に迷惑は掛けさせん」
ライルグッドの言葉には重みがあり、剣から顔を上げたヴィンセントは彼の表情を見て小さく震えてしまう。
「……失礼をいたしました」
「む、すまん。威圧が出ていたか?」
「多少ですが」
大きく息を吐き出して冷静さを取り戻したライルグッドは、改めてヴィンセントに謝罪をすると再び剣へ視線を落とした。
「……アルもこれなら、存分に剣を振る事ができるだろう」
ライルグッドの思いは間違いなく叶う事になる。
そして、アルフォンスがアールウェイ王国における最強の騎士の一角に上り詰めるのも、そう遠くない未来の話になるのだった。
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