第108話:カナタの答え

「……俺は……うん、俺は、リッコの事が好きだ」

「――!?」


 カナタの答えを聞いたリッコは両手で口元を隠し、顔を耳まで真っ赤にしていた。

 それはカナタも同じだが、恥ずかしそうにしているもののその視線は真っ直ぐにリッコを見ている。


「でも、その……スレイグさんやアンナさん、それにリッコからも家族だって言われて、好きになったらダメなのかと思っていた」

「……あ」


 カナタがリッコの事を意識し始めたのはいつの事だったか。

 最初は世間知らずの自分を助けてくれた優しい女性冒険者という印象だった。

 そこから長い間行動を共にする事となり、ワーグスタッド騎士爵領の問題を解決し、今では家族と呼んでもらえるほどの仲になった。

 その中で仕事を始めてリッコと離れている期間もあったが、その頃を振り返ると仕事をしながらも頭のどこかで彼女の事を考えていたのかもしれない。

 意識した事はなかった。もしかすると無意識に意識しないようにしていたのかもしれない。

 家族と呼ばれて、同じ館で暮らすようになってからは一緒にいる時間が旅をしていた時のように増えた事もあり、頭で考える事はなくなっていた。

 しかし、リッコが好意を寄せていると気づいた現在では、こうして目の前に立っている今でも彼女の良いところが頭の中から離れなくなっている。

 それらは出会った最初の頃のやり取りであり、旅をしている道中でのちょっとしたやり取りであり、スライナーダで暮らし始めてからの一番濃い日々のやり取りでもあった。

 これからはリッコの事を意識しない日はないかもしれない。何故なら――


「でも、家族と言われただけで、実際は違っていたんだよな」

「……うん」

「それに、心で繋がっている家族もいいと思うけど、ちゃんとした家族になるのもいいかなって思ってるんだ」

「……ふえぇ?」

「いや、まあ、リッコが良ければだし、まだ付き合ってもいないし、付き合ってくれるならでもあるんだけど……ど、どうかな?」


 カナタの発言が予想外だったのか、リッコは可愛らしい声を漏らしている。

 しかし、これはあくまでもカナタの想いであり、リッコは女性としてどうかと聞いただけだ。

 まあ、端から見ればそれはもう告白だろうと思わなくもないが、正式に付き合うとなればちゃんと言葉を交わすのは必要になるとカナタは考えていた。


「も、もちろん大丈夫だよ! ……あ」

「そ、そうか! いや、よかったよ!」


 即答してもらえて嬉しかったカナタは満面の笑みを浮かべているが、リッコは節操のない行動だったかなと恥ずかしくなっている。

 ただ、カナタは嬉しさのあまりリッコの表情に気づいておらず、その事に彼女はホッと胸を撫で下ろす。

 改めて表情を整えたリッコは、一度咳払いを挟んでから微笑みを浮かべた。


「……その、私でいいのかな?」

「リッコだからいいんだよ。むしろ、逆じゃないのか?」

「逆?」

「あぁ。リッコは騎士爵家の子女だろ? 片や俺は平民だ。ブレイド家にいたとはいえ勘当されてるし、今ではそのブレイド家も爵位を剥奪されてなくなっている。身分が違いすぎるんだよな」


 苦笑を浮かべながらそう口にしたカナタだったが、リッコははっきりと関係ないと言い切った。


「お父様も望んでいる事なのよ? 全く問題ないわ」

「……そ、そうだったのか?」

「むしろ、なんで気づいていないのかと疑問に思っちゃうわ」


 そんなに分かりやすかったのかと驚きつつ、問題がないのであればとカナタもホッとする。


「あー、まあ、その、なんだ。……まだすぐには報告にいけないけど、これからもよろしくな」

「うん! へへへぇ」


 今までとは異なり可愛らしい声を漏らしているリッコ。

 その姿にカナタも照れ笑いを浮かべてしまう。

 しかし、突如として真顔に戻ったのは――リッコだった。


「……ど、どうしたんだ、リッコ?」

「ごめん、カナタ君。ちょーっとだけ待っててもらえるかしら?」


 有無を言わせない迫力を纏ったまま立ち上がったリッコが向かった先は、ドアの前である。

 足音を立てず、気配を消して移動したリッコは、勢いよくドアを開けた。


 ――バタバタ!


「で、殿下! それに、ヴィンセント様!?」


 ドアに耳を張り付けていたのか、開けた途端に二人が倒れ込みながら中に入ってきた。


「……お、おう、カナタ。よかったじゃないか」

「……お、おめでとうございます。カナタ様、リッコ様」

「……はあ? お二人さん、何をしているのかしら~?」


 明確な殺気を王族と貴族に向けながら、剣の柄を握りしめている。

 このままでは本当に抜きかねないと思ったカナタは慌ててリッコの腕を掴んだ。


「おい、リッコ! それを抜いたら冗談にならないからな!」

「…………はぁ。分かってるわよー」

「「……ほっ」」


 本当に分かっていたのか、本人以外には分からないが、間違いなくライルグッドとヴィンセントは誰よりも大きく胸を撫で下ろしたのだった。

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