第107話:今の自分にできる事を

 朝食を終えて食後の紅茶を飲んでいると、カナタが口を開いた。


「あの、殿下」

「どうしたんだ?」

「アルフォンス様が目を覚ますには、もう少し時間が掛かるんですよね?」

「おそらくな」

「でしたら、アルフォンス様の剣を作ってもよろしいでしょうか?」

「いいのか!」


 カナタから提案した事なのだが、何故かライルグッドの方が興奮して体を前のめりにしてきた。


「え、えぇ。というか、俺からお願いした事ですし」

「ありがたい! 実を言えば、アルの剣を用立てるのが大変でなぁ」

「もしかして、今までも殿下が用意していたんですか?」

「あぁ。俺の護衛騎士だからな。主として、用意してやらないとな。だが、用意しても片っ端から壊れていくので、どうしたものかと考えていたんだ」


 ライルグッドは一等級の剣を見た時からカナタに作ってほしいと思っていたが、王命を優先するべくカナタの時間を奪ってはいけないと考えた。

 そして、アルフォンスの性格もあり、今まで言い出せずにいたのだ。


「アルは真面目だからな。あいつの前でお願いしても、王命を優先させましょうと言って頑なに断るだろうな」

「あー、なるほど。今ならアルフォンス様はいませんし、勝手に俺が作ってしまえばいいんですね」

「素材はこちらから提供する。頼めるか?」

「もちろんです」


 二人のやり取りを見ていたヴィンセントが作業風景を見てみたいと告げてきたので、そちらも了承する。

 このタイミングで二階からリッコが姿を表したのだが、その顔はものすごく申し訳なさそうにしていた。


「おはよう、リッコ」

「……あ、あの、カナタ君? き、昨日、私って、その……」

「あぁ。昨日は別に何も――」

「いやー。昨日は激しかったようだなぁ」

「そうですねぇ。仲良き事は素晴らしいですね」

「――!?」

「はあ? ちょっと二人とも、いったい何を言って――」

「いいぃぃやああああぁぁっ!?!?」


 両手で顔を覆ったリッコは、悲鳴にも似た声をあげながら再び階段を駆け上がっていった。

 呼び止めようと伸ばした右手を宙で止めながら、カナタはゆっくりと二人へ振り返る。


「……な、なんて事をしてくれたんですか!」

「あはははは! いやはや、面白いなあ!」

「笑い事じゃないですよ、殿下!」

「誤解を解いてきてあげてください、カナタ様」

「ヴィンセント様も! あぁ、もう!」


 頭をガシガシと掻きながら、カナタは駆け足で階段を上がっていく。

 そんな背中を見送った二人は、顔を見合わせると声を出して笑っていた。


 リッコの部屋の前にやってきたカナタは、ドアをノックする。


 ――コンコン。


 ……予想通り、返事はない。

 もう一度ノックをしてみたが、それでも返事がなかった事もあり、カナタはドア越しに声を掛ける事にした。


「あー、リッコ? さっきはすまない。殿下やヴィンセント様が言っていた事は、二人の悪ふざけなんだ」

『……』

「昨日は何もなかったんだ。だから、ここを開けてくれないか?」

『……分かった』


 ドアの向こうから返事が聞こえた事にホッとしていると、すぐに鍵を外す音が聞こえてきて、ゆっくりと開いていく。

 姿を見せたリッコの顔はまだ赤身を帯びており、顔を背けているが、視線は時々こちらを向いてくる。

 それだけでもさっきの態度とは大きく異なっており、カナタは笑みを返した。


「なんか、ごめん」

「ううん。謝らないといけないのは、私の方だし。……な、中に入る?」

「いいのか?」

「うん。それに……ほら、あれ」


 リッコが指差した先に視線を向けると、そこにはこっそり顔を出していたライルグッドとヴィンセントがいた。

 バレたと気づいたライルグッドが軽く手を振ると、カナタは手で顔を覆いながらため息をつく。


「……はあぁぁ。あの人は何をしてるんだよ」

「中に入って」

「……ありがとう」


 カナタが部屋の中に入ると、後ろの方からリッコの低い声が響いてきた。


「こっそり話を聞こうとしたら、叩き切るからね?」


 王族と貴族に対しての発言とは思えないが、リッコの本気が伝わったようで二人はそそくさと階段を下りていった。

 二人の背中が見えなくなるのを確認したリッコは、その場で深呼吸をしてからドアを閉めて振り返る。

 誤解が解けた事で今まで通りに戻ると思っていたカナタだが、何故かリッコの雰囲気は今までとは異なり、さらに先ほどまでとも違っていた。


「……あ、あのさぁ、カナタ君」

「なんだ?」

「その……私って、どうかな?」

「どうって、何が?」

「その……じょ、女性として?」

「…………へ?」


 カナタの思考が一瞬にして停止してしまう。

 昨日の事があり、さらには先ほどの悪ふざけである。カナタはリッコがまだ混乱しているのではないかと考えたが、そうではないと彼女の表情が物語っている。

 恥ずかしそうにしているが、今回はまっすぐにこちらの目を見ており、とても真剣か表情だ。

 この質問に対して、カナタは簡単に答えてはいけないと直感的に感じていた。


「……す、すぐには答えられないよね! ごめん、カナタ君!」

「あ、いや、そうではないんだけど……」

「……え? そ、そうなの?」


 リッコもまさかカナタがそのように答えるとは思っておらず、聞き返してしまう。

 そして、ゴクリと唾を飲み込みながら、質問の答えを待っていた。

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