第106話:男三人の朝食

 翌朝目を覚ましたカナタは、リッコの姿が消えている事に気がついた。


「……まあ、さすがに飛び出したんだろうなぁ」


 そう思ったのには理由があり、被っていたはずの布団がベッドの下に落ちていたからだ。

 リッコの赤面具合を想像しつつ、彼女が出ていった事に気づかないくらい熟睡していたのかと驚いてしまう。

 それだけ体は疲れていたのだろうと自分を納得させると、身支度を整えてから部屋を出る。


「おはようございます、カナタ様」

「あ、おはようございます」


 廊下に出ると、そこにはメイドが一人立っており、カナタに頭を下げてきた。


「お着替えもお済みになられたのですか?」

「へ? あ、はい」

「……作用でございますか」


 カナタとしては当然の事をしただけなのだが、メイドからはとても残念そうな声が漏れてきた。


「……あの、何かありましたか?」

「いえ、貴族の方々は着替えを自分で行うことはあまりありませんので、驚いておりました」

「……そうなんですか?」

「はい」


 まさかの答えに確認の問い掛けをしたのだが、メイドは即答で返してきた。


「あー……その、俺には着替えの手伝いとか必要ないので、別の仕事をしていて構いませんよ?」

「そういうわけには参りません。何かご用命がございましたら、いつでも申し付けてくださいませ」


 小さく頭を下げながらそう口にしたメイドは、朝ご飯の準備ができていると告げて食堂へ案内してくれる。

 カナタとしては場所も分かっているので案内は必要ないと言いたかったのだが、それすらもダメだと言われるのは目に見えているので口にしなかった。

 食堂にはヴィンセントとライルグッドがおり、リッコの姿はまだ見えない。


「おはようございます。殿下、フリックス準男爵様」

「あぁ、おはよう」

「おはようございます、カナタ様」


 挨拶を交わしながら空いている席に座ると、ヴィンセントが苦笑いを浮かべながら声を掛けてきた。


「カナタ様。もしよろしければ、私の事はヴィンセントとお呼びください」

「ですが、私は平民で、フリックス準男爵様は貴族です。気安く名前で呼ぶのはどうも……」

「ん? 俺には砕けた態度なのに、ヴィンセントには硬く話しかけるのか?」

「いや、それは殿下が望んだ事じゃないですか」


 少し意地悪な顔でライルグッドがそう口にすると、カナタは若干嫌そうに返事をする。

 二人のやりとりにヴィンセントは小さく笑うが、それで話が終わる事はなかった。


「でしたら、私にも砕けていただけるとありがたいです。殿下よりも硬い態度では、私の立場が危うくなりかねません」

「ほら、殿下が変な事を要求するから、他の方が迷惑をしていますよ?」

「知らん。俺は俺のやりたいようにやるだけだ」

「ふふふ。それでは、よろしくお願いしますね、カナタ様」

「……はぁ。分かりました」


 自分が折れるしかないと分かったからか、カナタはため息をつきながら了承する。

 一方でヴィンセントはいまだに食堂へやってこないリッコを心配していた。


「リッコ様はずいぶんとお疲れになっていたのでしょうか?」

「確かに遅いな。カナタ、何か知っているか?」


 二人の視線がカナタに集まると、彼は視線を逸らせながらどう答えるべきか悩んでしまう。


「あー……まあ、そうですね。昨日は飲んでいたみたいですよ?」

「ん? ヴィンセント、酒を出したのか?」

「いいえ。ですが、部屋には一本だけシャンパンを置いてあります」

「それを飲んだのかもしれませんね。……その、昨日の夜にお酒臭かったので――」

「「昨日の夜?」」


 一部の単語のみを二人が同時に発したので、カナタは慌てて否定の言葉を口にする。


「ち、違いますからね! 別にやましい事とかは何一つとしてありませんから!」

「いや、我々は何も言ってはいないぞ?」

「そうですね。まあ、お二人の仲が深まるのであれば、私は別に構いませんよ?」

「殿下はニヤニヤしすぎです! そしてヴィンセント様も、ここはあなたの館ですよね!」

「今は、です。元はブレイド家の館ですから、カナタ様がどうしようと私は構いません」

「……こ、この人たちは」


 これ以上は何を言っても埒があかないと悟ったのか、カナタは言葉を続けようとしたものの、最終的には大きくため息をつくだけになってしまった。

 しかし、これでしばらくはリッコが降りてこないかもしれないと思ったヴィンセントは、メイドに料理を部屋に運ぶよう申しつけると、三人で食事を始める事にした。


「どうぞお召し上がりください。私はなるべく地産地消、この地のものをより多く使っていきたいと思っておりまして、これらの料理も全て地元の食材で作っております」

「親父は豪華な料理ばかりを好んで食べていたからなぁ」


 そう呟きながらも、カナタ自身はその豪華な料理が好きではなかった。

 無駄に濃い味付けで、少し食べるだけで胃もたれを起こしてしまう。

 鍛冶師としての腕が足りない分、貴族らしさを追求していたのだろうとカナタは思っていた。


「……どれも、とても美味しいです、ヴィンセント様」

「それはよかったです」


 これだけの料理がフリックス準男爵領で作れるのかと思うと、カナタはヤールスが本当に領地経営に向いていなかったんだと改めて思ってしまうのだった。

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