第103話:久しぶりの我が家

 久しぶりに足を踏み入れた我が家は、記憶の中の光景から様変わりしていた。

 間取りが変わったわけではないが、無駄に豪奢な置き物などは全てなくなっており、質素ではないもののシンプルな置き物に変わっている。

 七人家族だった事もあり部屋数は多く、ヴィンセントや身の回りの世話をしている執事やメイドに貸し与えても余っている状況だ。

 そして、たまたまなのかカナタが使っていた部屋だけが空室となっていた。


「……フリックス準男爵様」

「どうしましたか?」

「その、この部屋を、少しだけ覗いてもよろしいですか?」

「構いませんよ。こちらは空き部屋になっていますから」

「ありがとうございます」


 お礼を口にしたカナタがドアを軽く押すと、小さく音を立てながらゆっくりと開いていく。

 館を追い出された時に置いていった荷物は何一つ残っていなかった。

 しかし、壁に刻まれた傷跡や、天井にできたシミは変わっていない。

 この部屋は、間違いなくカナタが十五年間を過ごしてきた場所だった。


「……変わってないな」

「カナタ君。ここって、もしかして君の部屋だったの?」

「あぁ。親にも兄たちにも嫌われて、ずっとこの部屋にこもってたんだ」

「カナタ君……」

「でも、今ではそれも悪くなかったかなって思ってるよ」

「え?」

「家を追い出されたおかげで、リッコたちに出会えたからな。そうじゃなかったら、俺はずっとここで腐ってたかもしれないし」


 笑っているが、その笑顔はどこか苦しそうにリッコからは見えてしまう。

 カナタはゆっくりと部屋の中に入っていくと、壁にできた傷を指で撫でながら窓の外に視線を向けた。


「ここから見える景色も変わってないや。……そういえば、ここで雇われていた使用人たちはどうしたんですか?」

「残念ながら、皆が出ていってしまいました」

「……え、全員ですか?」

「はい。どうやら元ブレイド伯爵……いえ、ヤールスは使用人たちとグルになって納めるべき税を誤魔化していたようで、その発覚を恐れて我先にと逃げ出しました」

「……うわー、マジかー」


 自分を追い出した事に関しては正直仕方がないと思っていたが、国に納めるべき税を誤魔化していたと聞いた時にはさすがに呆れてしまった。

 ヤールス、ラミア、ユセフの三人は鉱山送りになったと聞いていたが、この情報が陛下の耳に入ればさらに重い刑罰――処刑となる可能性もあるのではないかと思ってしまう。

 事実、極刑とまではいかないものの、三人は当初予定されていた鉱山ではなく、さらに厳しい労働環境にある鉱山に送られたのだとか。


「これで極刑にならなかったのがおかしいくらいだぞ」

「陛下からの温情でしょう。腐っても、勇者が使った剣を打った一族の末裔ですからね」

「ちょっと、お二人さん。殿下と貴族だからって、家族が鉱山送りになったカナタ君の前でそれを言いますか?」

「「……あ!」」


 やってしまった、という風な表情を浮かべたライルグッドとヴィンセントだったが、当のカナタは特に何も感じてはいない。

 そもそも、実の家族に対して何かを感じるような感情は欠片も残っていなかった。


「別に構いません。俺にとって、実の家族は害悪でしかありませんでしたから」

「カナタ君……」

「ちょ、リッコ?」


 カナタの言葉を聞いたリッコは、ゆっくりと彼に近づき、そっと抱きしめた。


「ワーグスタッド家は実の家族ではないけど、心と心で繋がった家族だと思っているわ。だから、何かあったら私たちを頼る事、いいわね?」

「……分かってる。ありがとう、リッコ」

「うん」

「……」

「……」

「……あの、そろそろ離してくれないか? 恥ずかしいんだが」


 無言のまま抱きしめられていたカナタの顔は徐々に赤くなり、我慢できずにそう口にした。

 しかし、リッコは腕に込める力を強くして一向に離そうとはしてくれない。


「ちょっと、リッコ? なあ、おい!」

「……いい抱き枕ね」

「俺は枕じゃねえよ!」

「あはは! ごめんねー」


 冗談かと内心でホッとしているカナタだったが、リッコはどう思っていたのか。

 リッコは自分の気持ちが悟られないようにと快活な笑みを浮かべながら体を離した。


「カナタ様、そろそろよろしいでしょうか?」

「はい。時間を取らせてしまってすみませんでした」

「いえ、お気になさらず。……もしよろしければ、こちらをカナタ様が宿泊する部屋にいたしましょうか?」

「いいんですか?」

「もちろんです。すぐに準備させますので、まずはアル様を休ませましょう」


 今更ながら、ライルグッドがずっとアルフォンスを背負っていた事に気づき、カナタは申し訳ない気持ちいっぱいで部屋を後にしたのだった。

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