第102話:目的地の変更

 馬車を放棄したカナタたちは、リッコがカナタと二人乗りをしており、アルフォンスはライルグッドの体に縛り付けて馬を走らせている。

 カナタとしては馬車に乗せた方が良かったのではないかと口にしたのだが、居心地の良さよりも移動速度を優先させた。

 実際にフリックス準男爵領に到着するのは二日後の予定だったのだが、馬を走らせる事で一日で到着してしまったのだ。

 しかし、本来であれば先触れを出しておくのが貴族としての礼儀なのだが、今回は緊急事態という事もあり出していない。

 スレイグの時もそうだったが、ライルグッドは護衛をもう少し増やした方がいいのではないかとカナタは思ってしまった。


「殿下の護衛はどうしてアルフォンス様だけなんですか?」

「いや、本当はいたんだがな。カナタの仕事を待つだけの仕事になると思ったから、先に王都へ帰したのだ」

「……いや、殿下の身の方が大事ですよね?」

「俺は自衛ができるからな。だったら別の仕事をさせていた方が効率的だ」


 事実、クイーンアントやキングアントと遭遇していなければ問題のない道中になっていたはず。

 だが、その突発的な問題に対処するための護衛ではないのかと思わなくもなかったが、ライルグッドの実力は確かなものがあるのでこれ以上は何も言わなかった。


「さて、不在にしていなければいいんだが」


 そう口にしながら到着した先は、元ブレイド伯爵の館であり、カナタの元実家になる場所だった。

 伯爵という地位を良い事に、無駄に大きく、豪奢な置物も数多くあった館だが、今はどうなっているのか。

 カナタからするとフリックス準男爵領を治めているヴィンセント・フリックスの人となりを知らないので不安も大きい。

 ライアンが選んだ相手なのでヤールスのように無能という事はないだろうが、それでも不安を抱かずにはいられなかった。


 さらにもう一つ、不安に思っている事がある。

 それは、スレイグの推測から伝えられた内容だった。


『――陛下は縮小した領地をカナタ君に引き継がせるつもりではないかな』


 あの時の推測が正しければ、これは暗に領地を引き継ぐための顔合わせではないのか、今この瞬間もライルグッドが思い描いた通りに進んでいるのではないか、そう思えてならない。


「あ、あなた様は!?」

「ライルグッド・アールウェイだ。フリックス準男爵はいるか?」

「す、すぐに確認して参ります!」


 ライルグッドの突然の訪問に門番は大慌てで館へ駆け出していく。

 その間にカナタたちは馬から降りて荷物を下ろしていくが、それほど待たされることなく、館の方から眼鏡を掛けて黒い長髪を揺らしながら、ヴィンセントが驚いた顔でやってきた。


「お久しぶりでございます、殿下」

「あぁ。急な訪問ですまないが、アルを休ませるために部屋を借りれないだろうか?」

「もちろんでございます。中へ参りましょう」


 元はブレイド家の館だった場所を、ヴィンセントは慣れた様子で進んでいく。

 その姿に違和感を覚えながらもカナタは敷地内に視線を向けながら歩いていた。


「……もしかして、カナタ・ブレイド様ですか?」

「え?」


 まさか声を掛けられるとは思っておらず、カナタは聞き返してしまった。


「急に声を掛けてしまいすみません。ですが、何やら懐かしむように眺めていたようなので」

「えっと……はい、そうです」

「そうでしたか。……ご家族の件、申し訳ございませんでした」


 そして、ヴィンセントからの突然の謝罪に驚きを隠せなかった。


「あの、どうしてフリックス準男爵様が謝罪を? 王命だったのですから、仕方のない事です」

「王命は絶対です。ですが、気持ちの部分を誤魔化す事はできないのでは?」


 ヴィンセントの言葉は正しい。どれだけ表面を繕っても、言葉で仕方がないと口にしても、その者の心の中までは本人にしか分からない。

 その事を理解しているヴィンセントからすると、親や兄たちを追い出した自分がカナタに恨まれるのは当然の結論だった。

 しかし、ヤールスたちがヴィンセントに追い出されたように、カナタはヤールスに追い出されており、勘当すらされている。

 この状況でヴィンセントを恨むなどできるはずもなく、むしろ領民のためを思えば大正解の選択だと思っていた。


「親父は領主としても、親としても最低な人間でした。ですから、俺がフリックス準男爵から謝罪を受けるのは筋違いです」

「ですが……」

「むしろ、ヨーゼス、ルキア、ローヤンが暮らすここが豊かになるなら、俺はそっちの方が嬉しいです」


 次男から四男までの兄の名前を出して、カナタは笑みを浮かべた。


「……ありがとうございます」


 実際は次男たちの事すらどうでもよかったカナタだが、これでヴィンセントが納得してくれるなら安いものだと思っていた。


「……確かに、気持ちの部分は本人にしか分からないな」


 誰にも聞こえない声でぼそりと呟きながら、カナタは久しぶりの館に入ったのだった。

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