第101話:合流と状況確認

「――カナタ君!」


 キングアントが倒れていく光景を眺めていたカナタの背中に、聞き慣れた声で呼び掛けられた。


「……リッコ? それに、殿下も!」

「よかった、無事だったのね!」

「カナタよ、アルはどうしたんだ?」

「えっと、アルフォンス様はキングアントと交戦して、先ほど倒してしまわれました」


 簡単に状況説明を行ったカナタは、いまだに砂煙が舞っている方向を指差した。


「……え? キングアントを、アルフォンス様が一人で倒したの?」

「さすがはアルだな。しかし、俺たちが飛び出す前に魔法を使っていたが、どうしてだ?」

「どうしてと言うのは?」

「いや、アルは魔力を大量に持っているが故に、媒介にするものを破壊しまくっているんだ」


 ライルグッドがリッコの疑問に答えていると、指差した方向からアルフォンスが戻ってきた。


「無事に合流できたようですね、よかったです」

「アルフォンス様! 無事でよかったです!」

「アル。よくカナタを守ってくれたな、感謝するぞ」


 声をあげたカナタに続いて、ライルグッドが労いの言葉を掛ける。

 二人の言葉にアルフォンスは微笑みを浮かべて一つ頷く。

 しかし、次に発せられた言葉はカナタからすると予想外のものだった。


「ありがとうございます、殿下。では……私は、少しばかり休ませていただきますね」

「あぁ。おぶってやるから安心しろ」

「……はい」


 弱々しい返事の後、アルフォンスの全身から力が抜けて前のめりに倒れていく。

 驚いたカナタとリッコをしり目に、ライルグッドは予想していたのか素早く駆け出してその体を支えていた。


「……アルフォンス、様?」

「……だ、大丈夫なのよね、殿下?」

「大丈夫だ。アルは大量の魔力をコントロールするのが難しいが故に、あまり魔法を使った事がない。多少の魔力消費であれば問題はないが、ここまで消費すると肉体が疲労を蓄積させて、一度休まないと立ち上がれないんだよ」

「……それは、大丈夫とは言えないのでは?」

「命に別状はないのだから、問題はないだろう。しかし、そうなると護衛の問題が出てくるんだが……」


 現状、カナタの護衛をリッコが、ライルグッドの護衛をアルフォンスが務めている。

 ライルグッド自身も強者なので護衛が必要とは思えないものの、体裁というものがあるために必ず一人は護衛騎士を連れていなければならない。

 王家直轄領ならまだしも、他領を行き来するならば仕方のない事だった。


「こうなったアルフォンス様はどれくらい休まれるのですか?」

「三日か、長くて五日だが……今回は相当な魔力を消費したみたいだな」

「へぇー、分かるものなの?」

「あぁ。まあ、この惨状を見れば誰でも分かるんじゃないか?」

「「……あ」」


 そう口にしたライルグッドの視線の先では、木々や大地が氷漬けになった世界が広がっていた。

 それだけではなく、大量のアーミーアントの氷像や、砕け散った巨大なキングアントの死骸まであるとなれば、誰も否定する事はできないだろう。


「もしかすると、五日以上は目を覚まさないかもしれないな」

「そうなると、このまま王都へ向かうのは難しいわね」

「……なあ、リッコ?」

「ん? どうしたの?」

「お前、いつから殿下にそんな馴れ馴れしく話ができるようになったんだ?」


 合流してからずっと気になっていた事を聞いてみたカナタだったが、リッコはライルグッドは顔を見合わせてから、ニコリと笑って振り返った。


「それは、一緒に剣を取りあったらこうなるわよ!」

「……いや、相手は殿下なんだが?」

「構わん。俺はお前にも砕けた態度で話をしろと言ったはずだが?」


 リッコの場合は砕け過ぎではないかと思わなくもなかったが、ライルグッドがそれを良しとしているのだから文句は言えない。

 そんな事よりも今は大事な事があるので、カナタは話題を元に戻す事にした。


「……でしたら、一つお願いがございます」

「……砕けろと言ったはずだが?」

「……お願いがあります」

「……まあ、いいか。なんだ?」


 及第点なのか、仕方がないと言わんばかりにライルグッドは問い返してきた。


「現在地がワーグスタッド騎士爵領の隣にあるスピルド男爵領です。ここからすぐ東には元ブレイド伯爵領があります」

「現在のフリックス準男爵領だな」

「はい。領民は領主が変わったとしても、すぐには移動などしないと思います。むしろ、クソ親父がいなくなった事で暮らしやすくなっているかも?」

「うわー、それはあるかもねー」


 ヤールスが上手く領地運営をできていたかと聞かれると、カナタは即答で『いいえ』と答えた事だろう。それほどに彼の領地運営は穴だらけだった。

 そこに仮とはいえ王命を受けた新領主がやって来たのだから、その手腕を疑うなどあってはならない事だとカナタは思っている。


「俺にそこまで多くの知り合いはいませんが、止めてくれる人くらいは探せると思うんです。ですから――」

「いいや、それならフリックス準男爵を直接訪ねれば話が早いな」

「……え?」

「あいつとは、アルと似たもので悪友だからな」

「それじゃあ、ひとまずの目的地はフリックス準男爵領ね!」


 カナタとしては、追い出されたとはいえ自分の故郷を一目見てみたいという下心もあったのだが、ライルグッドはそれすらも見越して元ブレイド伯爵領へ向かう事を決めていた。

 もちろん、カナタがその事に気づく事はなかったのだが、それでも嬉しさのあまりアルフォンスを担いで前を進むライルグッドに頭を下げてしまうのだった。

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