第100話:怒りの王②

 カナタが作り出した剣は六等級の剣である。

 しかし、カナタの目利きではアルフォンスが使っている剣の方が等級は高い。

 それにも関わらずアルフォンスは六等級の剣を借りたいと口にした。


「お、俺の剣は、六等級ですよ?」

「分かっています。ですが、私の剣はそろそろ限界なのです」

「限界、ですか?」


 アルフォンスの言葉に違和感を覚えたカナタは、彼が手にしている剣を凝視する。

 すると、剣身にはひびや欠けが至るところに見え、さらにその部分から白い冷気が立ち上っていたのだ。


「私の魔法は全て剣を媒介にして放っています。ですが、その魔力に耐えられず数発放つとこのようにボロボロになってしまうのです」

「……確かに、この状態の剣であれば、こっちの方がいいかもしれませんね。分かりました、使ってください」

「感謝いたします、カナタ様」


 お互いに剣を受け取ると、カナタは大事に抱えて、アルフォンスは握りを確認してキングアントへ視線を戻す。


「……それでは、行ってまいります」

「気をつけてください、アルフォンス様!」

「ありがとうございます」


 最後に振り返ったアルフォンスはニコリと微笑み、気づいた時には遠い距離まで駆け出していた。

 その動きを全く知覚できなかったカナタは目を見開いて驚いている。

 魔獣を前にしては何もできない自分を悔やみ、カナタは遠くからアルフォンスの無事を願うのだった。


 ◆◇◆◇


 駆け出したアルフォンスは剣の強度を確認するために、軽く魔法を発動させてみた。


「アイスランス」


 自らの頭上に三本の氷の槍を顕現させると、剣先をキングアントに向けて一直線に飛ばしていく。


「……これは、驚きですね」


 アルフォンスがこのように呟いたのには理由があった。

 予定では約1メートルのサイズで顕現するはずだったが、実際のアイスランスは2メートルを優に超えるサイズで仕上がっていたのだ。

 それだけではない。放たれたアイスランスの速度にもアルフォンスは驚きを隠せなかった。


「これならば――当たる!」


 牽制のつもりで放ったアイスランスだったが、初速から予想外の速度で直進していき、キングアントは鳴く事を忘れて大きく飛び上がった。

 二本のアイスランスは回避されたものの、三本目が右の関節肢を捉えると、そこから胴体に向けて凍りつかせていく。

 着地と同時に関節肢を激しく動かして氷は破壊されてしまったが、それでもダメージはあっただろう。


「剣にも問題はないようですね。……全く、等級というものは当てになりませんね」


 剣身を見つめながらクスリと笑うと、アルフォンスはこの剣ならば耐えられると判断してとっておきの魔法をキングアントへ叩き込む事を決めた。


「久しぶりに、殿下に担がれてしまうかもしれませんね」


 そう呟いたアルフォンスの呼気は、白く染まっていた。

 しかし、白く染まっていたのは呼気だけではなく、アルフォンスの周囲の空気全てが白い輝きを放っている。

 圧倒的な冷気はアルフォンスが踏みしめた部分を一気に凍らせるだけでは止まる事を知らず、周囲に氷を広げていく。


「完全な、コントロールは、無理ですか!」


 苦しそうに声を漏らすアルフォンスだったが、その表情は不思議な事に笑みの形を刻んでいる。

 魔法を扱うようになってから今日まで、アルフォンスはずっと大量にある魔力をコントロールできずに苦しんできた。

 剣を破壊するだけではなく、時には周囲に被害を与える事だってあった。

 ライルグッドから護衛騎士に任命すると言われた時ですら、自らの魔力で彼を傷つけてしまうかもしれないと、無礼を承知で断った事まであったのだ。

 そんなアルフォンスだが、今日は今までで一番と言えるほどに魔力をコントロールする事ができている。

 完全ではない、それでも自覚できるほどに最高の出来を披露する事ができているのだ。

 それがどれだけ楽しい事か。そして、新しい未来が開けたように感じていた。


「……いいえ、これは私の高望みですね」


 自分にも剣を作ってもらいたい、そう思ったアルフォンスは、すぐにその考えを心の中にしまい込んだ。

 王命でアルゼリオスへ向かっているのだから、自分の剣を優先させていいわけがない。それどころか、作ってもらえる保証すらないのだ。

 期待するだけ無駄だ、今はこの瞬間を楽しもうと、アルフォンスは別のところに思考を切り替えていた。


『ギュジュルルララアアアアアアアアッ!!』


 迫るアルフォンスを脅威と感じたのか、キングアントは大咆哮を彼に目掛けて放つ。

 同時に土魔法を発動させて土で飲み込むか、それが無理でも足止め程度はできるだろうと考えていた。

 しかし、キングアントが放った土魔法は不発に終わってしまう。


『ギュギュ、ギュジュラ?』

「あなたの魔法を感じますよ。私が作り出した、氷の下でね!」


 アルフォンスとっておきの魔法は、すでに発動していた。

 彼を中心に半径1キロメートルに氷の世界を作り出してしまう高域殲滅魔法――アイスワールド。

 盛り上がるはずの土はすでに氷の下敷きになっており、隆起したところで飛び出す事はできなかった。

 そして、キングアントもアイスワールドの範囲内に収まっている。


『ギュジュルル……ルルララ……アァァ……ァァ?』

「呆気ない結末でしたね。まあ、カナタ様の剣があったからこそですが」


 関節肢から胴体、そして頭部に至る全身が氷漬けになってしまったキングアント目掛けてアルフォンスが飛び上がり、剣を振り抜く。

 鋭い剣閃はキングアントを縦に切り裂き、バランスを崩した左右の肉体は地面に叩きつけられると、氷の破片と同様に砕け散ったのだった。

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