第99話:怒りの王①

 地上ではアルフォンスが一人で無双を見せていた。

 鋭い剣閃が複数をまとめて切り捨てていき、魔法を放てば広範囲で生きたまま氷漬けにされてしまう。

 体力を使い切ったカナタはその姿を後方の茂みの中から見つめていた。


「……アルフォンス様、強すぎるだろ」


 そんな呟きを溢していると――突如として地面が揺れた。


「……地震か?」


 揺れはすぐに収まったのだが、またすぐに同じ長さの揺れがやってくる。

 その揺れは回を重ねるごとに強くなっており、さらに遠くの方から木々が薙ぎ倒されていくような音が聞こえてきた。


「……後ろ? ア、アルフォンス様!」

「聞こえています、カナタ様! ブリザード!」


 常に静かな、それでいてよく通る声でやりとりをしていたアルフォンスがやや語気を強めて返答している。

 その様子から、この音の主が目の前にいるアーミーアントの群れよりも厄介な相手なのだと悟った。

 最初に放った広範囲魔法のブリザードを放つと、大きく後退してカナタの隣に並び立つ。


「これは、予想外です」

「な、何が近づいてきているんですか? まさか、クイーンアントが外にいたとか?」

「違います。おそらくは別の個体でしょう」

「別の個体って……まさか、別の魔獣が来ているんですか!?」

「別の魔獣……というわけではありません。アーミーアントですが、クイーンとも違う上位種です」


 アーミーアント、その中で女王に君臨している上位種のクイーンアント。

 ここからさらに別の上位種が近づいてきていると知り、カナタは顔を青ざめた。


「……で、殿下やリッコは、大丈夫でしょうか?」

「あちらは問題ないでしょう。問題はこちらですからね」

「……え?」

「おそらく、近づいてきているのはキングアント――アーミーアントの王です」


 アルフォンスが言い終わった直後、巨大な土煙が大木を飛び越えて舞い上がった。

 呆気に取られていたカナタだったが、舞い上がったばかりの土煙が一気に吹き飛ばされ、そこから異様に大きな蟻が姿を現した。


『ギュジュルルララアアアアアアアアッ!!』


 キングアントの大咆哮が発せられると、近くの大木は粉砕され、枝葉が折れて吹き飛び、カナタに恐怖を植え付けていく。

 全身が震え始め、呼吸が上手くできなくなる。

 過呼吸となり、汗が噴き出してくる。


「……は……かぁ……ぁぁ……はあっ! はあっ! ……はぁ、はぁ」


 このまま倒れてしまう――そう思った矢先、不思議と呼吸が楽になった。

 体の震えも収まり、両手を膝に置いて呼吸を整えようと何度も深く呼吸を繰り返す。

 少しだけ冷静さを取り戻したカナタは、そこで初めてキングアントがいる方向に誰かが立っている事に気がついた。


「……はぁ、はぁ……アルフォンス、様?」

「大丈夫ですか、カナタ様?」

「……は、はい。あの、今のは?」

「キングアントが強烈な殺気を飛ばしてきたようですね」

「……殺気、ですか?」


 殺気と言われると、自分が恐怖を植え付けられた事に納得できてしまう。

 そこから過呼吸となり、アルフォンスがいなければ殺気だけで殺されていたかもしれない。

 だが、カナタはアルフォンスが目に立ってくれただけで楽になった理屈が分からなかった。


「殺気を分散させています。カナタ様には今、殺気は届いていませんよ」

「……ありがとうございます。でも、アルフォンス様は大丈夫ですか?」

「私は大丈夫ですよ。これでも、殿下の護衛騎士ですからね」


 カナタの言葉に振り返ったアルフォンスは、何事もなかったかのように微笑んだ。


「さて、キングアーミーの殺気で残っていたアーミーアントも昏倒したようですし、私はキングアーミーを仕留めに向かいましょう」

「……え?」

「クイーンアントの気配も消えているようですし、しばらくすれば殿下たちも戻ってくるはずですからね」

「……だったら、全員で向かった方がいいんじゃない――」

『ギュジュルルララアアアアアアアアッ!!』


 カナタが言い終わる前に、キングアントは再び大咆哮を発して無数に生えている関節肢を蠢かせて迫ってきた。


「待ちたいのは山々ですが、あちらが待ってくれないもので」

「……はは……ははは……だ、大丈夫なんですか?」


 大木を薙ぎ倒しながら迫ってくるキングアントに恐怖を覚えないものは少ないだろう。

 だが、アルフォンスはその少ない方の人間だった。


「問題ありません。……ですが、一つだけお願いをしてもよろしいですか?」

「な、なんでしょうか? 一緒に戦うとかは無理ですよ?」

「そのような無理は言いませんよ。私のお願いは――カナタ様が作り出したその剣をお借りしたいというものです」

「…………これを、ですか?」


 まさかの提案に、カナタは手に持つ剣へ視線を落とした。

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