第98話:クイーンアント②

 開戦一番、ライルグッドが雷魔法を放ったのだが、通路で放ったサンダーウェーブよりも威力は低くなっていた。


「さっきのはもう放てないの?」

「俺はアルみたいに魔力は多くないからな!」


 それでも最前線にいたアーミーアントを一掃するには至っている。

 だが、精鋭アーミーアントにまでは届いていなかった。


「後ろの個体、動きがいいわね」

「こちらの隙を突いて攻撃を仕掛けてくるつもりだろう。まあ、やらせはしないがな!」


 明らかに二人を観察し、動きに合わせて場所を移動し、こちらの隙を窺っている。

 しかし、精鋭アーミーアントの動きに気づいている二人が隙を見せるはずもなく、攻撃を仕掛けられる事はなく、時間の経過と共にアーミーアントの数だけが減っていく。


『ギュルル……ルルリララアアアアッ!』

「本当に、うるさいわねえっ!」

「この声は、厄介だな!」


 同じ空間にいる状態での鳴き声は鼓膜を揺さぶり、三半規管にダメージを与えてくる。

 魔獣が殺到してくる今の状況に置いて、三半規管へのダメージは致命傷になりかねない。


「リッコ、行けるか?」

「当然! それじゃあ、精鋭は任せるわよ!」

「任せろ!」


 ライルグッドに特攻させるわけにはいかないという思いとは別に、ソロでクイーンアントを討伐できるかを試してみたいという思いがマッチした。

 迫ってくるアーミーアントを一振りで複数を両断しながら前進していく。

 様子を見ていた精鋭アーミーアントも二人の動きからクイーンアントを狙っている事を察したのだろう、様子見を止めて一斉に突っ込んできた。

 精鋭とはいえアーミーアントはアーミーアントである。

 クイーンアントの指示があるとはいえ、突発的な判断はどうしても短絡的になってしまう。


「やらせるか!」


 精鋭アーミーアントの群れに突っ込んでいったのはライルグッドだった。

 一等級の剣はSランク魔獣を相手にしても刃こぼれする事がないと言われている作品だ。

 ライルグッドの気持ちの部分もあるだろうが、剣を振るう度に高揚していき動きが鋭くなっていく。

 三半規管へのダメージなどなかったかのような動きに、クイーンアントはたじろいだ。


「行け! リッコ!」

「了解!」


 残る魔力を剣に注ぎ込み、渾身の横薙ぎから魔力の刃を放出する。


「「……は?」」


 ライルグッドとリッコが、同時に驚きの声を漏らした。

 リッコが突っ込んでいくための道を作ろうと放った魔力の刃だったが、いつもの威力を凌駕する規模で道を作り出していく。

 そして、道が出来上がったのはありがたかったのだが、魔力の刃はそのままクイーンアントまで届いてしまった。


『ギュルルガガガガアアアアアアアアッ!?!?』


 致命傷とはいかないものの、二四本の関節肢のうち十二本が一気に切断されたのだ。

 さらに鼓膜を揺さぶる声を発したのだが、先ほどとは違い悲鳴に似た声である。

 アーミーアントの動きも明らかに鈍り、リッコは呆気にとられながらも全力で駆け出していく。

 作られた道はクイーンアントまで一直線に作られている。


 一秒――邪魔が入る事なく接近していく。

 二秒――左右の精鋭アーミーアントがリッコの存在に気づく。

 三秒――挟み込むように精鋭アーミーアントの壁が狭まっていく。

 四秒――さらに加速したリッコが壁を抜けていく。

 五秒――リッコはクイーンアントの間合いに侵入した。


『ギュルルリラアアアアアアアアッ!』

「手負いになるとは思わなかったけど、私があんたを討伐してやるわ!」


 残った十二本の関節肢が蠢いてリッコへ殺到する。

 動きを止める事なく関節肢を回避し、受け流し、捌き、切り飛ばしていく。

 関節肢だけではなく土魔法も発動させてきた。

 地面が揺らぎ、突起が飛び出し、地割れが起きる。

 それでも速度が落ちる事はなく、突起を切り飛ばし、地割れを跳び越えてさらに前進。

 止まる事のないリッコに業を煮やしたのか、クイーンアントは鋭い牙を黒光りさせて自ら前に出てきた。


「ようやく、私の間合いね!」


 まだまだ距離はあるものの、リッコは自分の間合いだとはっきり口にした。

 腕を振り上げて剣身を背中まで回すと、渾身の力を込めて振り下ろす。


「マジックブレイド!」


 ライルグッドが放った魔力の刃、これがマジックブレイドだ。

 リッコが放つマジックブレイドの射程は10メートルであり、彼我の距離がまさにその距離だった。

 ただし、マジックブレイドはあくまでも牽制である。

 クイーンアントがマジックブレイドに対処している間にさらに間合いを詰め、自らの剣で止めを刺す――つもりだった。


 ――ゴウッ!


 だが、リッコが放ったマジックブレイドはいつもの威力を凌駕し、速度も倍以上の速さに達し、クイーンアントの眉間に命中すると左右に両断してしまった。


「……はい?」


 予期せず、リッコはあっさりとクイーンアントを討伐してしまった。

 直後からはアーミーアントの動きが明らかに悪くなり、精鋭アーミーアントも他の個体と同程度の動きになってしまう。


「リッコ! お前……すごいな」

「……私も、驚いているわ」

「「……この剣か!!」」


 マジックブレイドが想定以上の威力を発揮した事実を、二人はカナタが作り出した剣の影響だと結論付けた。

 そして、その事実を確認するためにも急ぎ地上へ戻ろうとした時である――


 ――ゴゴゴゴゴゴォォ……。


 地面が揺れ、残っていたアーミーアントが全て出口に向けて鳴き声を発し始めた。


「……これは」

「……まさか!」


 リッコとライルグッドは顔を見合わせると、最深部へ向かっていた時よりもさらに速い速度で駆け出したのだった。

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