第96話:アルフォンスの実力

 鋭く剣を振り抜き、遠くの魔獣には魔法を放ち、素早く動いて狙いを絞らせない。

 アルフォンスは冷静な立ち回りからアーミーアントの群れを翻弄していた。


「一匹、そちらに行かせますね」

「は、はい!」


 慌てている自分が恥ずかしくなるくらいにアルフォンスは冷静に、静かな声でそう口にする。

 間に合わせで作った剣を両手で握りしめ、相対したアーミーアントを睨みつけた。


「……こ、来い!」

『キシャアアアアッ!』


 先ほどは鳴き声を聞いて恐怖を覚えてしまったカナタだが、一対一であれば踏み止まれると知った。

 だが、踏み止まれると知れたからといって、それが戦えると決まったわけではない。

 十二本の関節肢を絶え間なく動かして迫ってくる様は気持ち悪いの一言であり、再び恐怖が心の中に入り込んでくる。

 剣を持つ体が震え出しそうになるが、間合いに入る前に大きく深呼吸をする。


「ランクの低い魔獣は知能も低いです! 迷う事なく剣を振りなさい!」

「は、はい!」


 そして、アルフォンスの言葉で冷静さを取り戻す事ができた。

 剣を構え、アーミーアントの動きを見極め、何百回と繰り返してきた素振りを思い出して剣を振り抜く。


 ――ザシュ!


 間に合わせで作った剣だったが、それは六等級の剣になっていた。

 六等級といえばリッコのようなBランク冒険者が主に使用する等級の剣であり、騎士団でも下位とはいえ騎士が手に取る等級のものだ。

 単独でEランクであるアーミーアントであれば、一振りで両断する事も容易い事だった。


「……え、えぇ?」


 そうとは知らずに全力で剣を振ったカナタとしては、目の前の状況に思考が追いつかなかった。


「では、次は二匹です」

「……え、ええぇぇぇぇ!? い、いきなり複数を相手にはさせないって言いましたよね!」

「……はて?」

「ちょっと、アルフォンス様!!」


 まさかのとぼけた態度に驚いたカナタだったが、直後には言葉通りに二匹のアーミーアントが突っ込んできた。

 だが、一度相対したうえに一振りで倒す事ができたからか、数は増えたものの先ほどよりも恐怖を感じる事はない。

 むしろ、アーミーアントの動きがより鮮明に見えるようになっていた。


「先行している個体か、左右に移動して一匹ずつ倒してください!」

「はい!」


 アルフォンスの指示に返事をしながら動きを交ぜていく。

 体力的にはギリギリだったが、それでも命の危険があると分かれば体は動くものだと驚いている。

 右から突っ込んできた個体をすれ違いざまに横薙ぎ、体が上下に分かたれると地面に転がった。

 もう一匹は大きく旋回して再び突っ込んできたが、単独であれば正面からでも倒せると分かったからか、こちらも一振りで仕留めてしまった。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 とはいえ、精神的疲労は大きく出ていた。

 初めての戦闘なのだから仕方がない事で、肉体的疲労による発汗以上の汗が全身から噴き出している。


「まだいけそうですか?」

「はぁ、はぁ……は、はい!」


 それでもカナタは戦う事を選んだ。

 自分が職人である事を忘れたわけではない。

 しかし、実際に剣を振り、魔獣と相対する事で、鍛冶師としての知識を蓄積させる事になると考えたのだ。


「では、今度は三匹です」

「さ、三匹ですか!? ……疲れているので、二匹でええええぇぇっ!!」


 交渉する余地もなく、三匹のアーミーアントが突っ込んできた。


「今度は自分で考えて動いてみてください!」

「しかも指示なしですか!!」


 数が増えた上に指示なしと聞き慌てふためくカナタ。

 アーミーアントは正面と左右から、ほとんど同じタイミングで突っ込んでくる。


「うぅぅ……ど、度胸を見せろ、俺!」


 自らを鼓舞する言葉を発しながら前進したカナタは、正面から突っ込んできたアーミーアントを真っ二つに切り裂いた。

 前進した事で左右のアーミーアントはカナタの後方を横切って行ったのだが、その衝撃で地面が揺らぎバランスを崩して尻もちをついてしまう。

 慌てて立ち上がったカナタだったが、この時点で二匹のアーミーアントはすでに旋回しており再び突っ込んできていた。


「ヤバい!?」

「――アイスニードル」


 逃げたとしても回避が間に合わないと悟った直後、アーミーアントを貫く形で地面から氷の槍が飛び出してきた。

 何が起きたのか理解が追いつかないカナタだったが、最初のブリザードを思い出したカナタは視線をアルフォンスへ向ける。

 いまだに戦闘中のアルフォンスだったが、横目でカナタを見ると小さく微笑んだ。


「……戦いながら、こっちにも気を遣ってくれてるんだよなぁ」


 恐ろしく強い騎士なのだと、カナタは改めて実感したのだった。

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