第95話:アーミーアントの群れ
しばらく進んだ先で、カナタは見てはいけないものを見てしまったように感じていた。
足元で行き交っている小さな蟻ならばこうは思わなかっただろうが、目の前で蠢いているのは自分の身長を優に超えるアーミーアントがうじゃうじゃと動き回っているからだ。
顔を青ざめ、体が震えているのを理解したカナタだったが、その隣では自分とは相容れない態度の三人が準備を始めていた。
「奥に見えるのが巣ですね」
「そうです。ほら、アーミーアントが出入りしているでしょう?」
「アルには魔法で広範囲のアーミーアントを仕留めてもらう。その後、俺が巣の中に飛び込んでクイーンアントを仕留めてやろう」
「私もいきますよ、殿下。手柄を独り占めするつもりですか?」
「さすがは冒険者だな。まあいい、ついてこられるならそうするがいいさ」
ニヤリと笑ったライルグッドに向けて、リッコは軽く笑みを返す。
一国の王子に対してその態度はいかがなものかと思ったカナタではあったが、今ここで大事な事は自分を守ってくれる存在がいるかどうかである。
「あ、あの、アルフォンス様は?」
「私は魔法を発動後、残党を始末する予定です。もちろん、カナタ様を守りながらですけれどね」
「……あ、ありがとうございます。アルフォンス様までいなくなったらと思うと、怖くて」
「もちろん、私と一緒にカナタ様にも戦ってもらいますけどね」
「……はい?」
守ると言ってくれた相手とは思えない発言に、カナタは素っ頓狂な返事をしてしまう。
しかし、アルフォンスは構う事なく話を続けていた。
「いきなり複数のアーミーアントと戦わせる事はしませんよ。一匹だけ後ろに逃しますから、それを倒してくれるだけで構いません。実戦は大事ですからね」
「いや、あの、別に実戦をしたいとか、そういう事ではないんですよ?」
「せっかくの剣術です。私としては、弟子がどれだけ上達したか見たいですからね」
端正な顔立ちでニコリと微笑まれたのだが、あいにくとカナタは男である。
自分が女であれば、もしかしたら美しい相手に微笑まれて無我夢中で剣を振るったかもしれないなと思い、内心で性別を呪ってしまう。
「さっきも言ったけど、アーミーアントは単独ならEランク。これくらいなら、カナタ君でも倒せるわよ」
「でも、キラーラビットにもビビっていた俺だぞ?」
「あれは魔獣に対して知識も実力もなかったからでしょう? 今なら大丈夫よ」
「そろそろいいか、リッコ?」
「分かりました、殿下」
「……ええぇぇぇぇ?」
リッコとしてはフォローしたつもりなのだろうが、ライルグッドの言葉にあっさりと振り返っていた姿を見て嘆息してしまう。
しかし、すでにアーミーアントの巣の目の前まで来てしまっている。
ここで無駄に時間を使えばこちらに気づかれる危険性も高くなり、やるなら迅速に行いたいというライルグッドの思いからだった。
「それでは、いきます」
「あれ? そういえば、アルフォンス様は魔法も使うんですか?」
アルフォンスが魔法を展開させるのと、カナタが疑問を口にしたのはほぼ同時だった。
幾何学模様の魔法陣が頭上に展開されると、じめっとしていた周囲の空気がひんやりとして肌を撫でていく。
温度の変化にアーミーアントも気づいたのか、一番近くにいた個体から動きを止めて頭を巡らせている。
そして、一匹がこちらの存在に気づくと残りのアーミーアントが一瞬にして首を向けた。
「ひいっ!?」
「極寒の風を浴びて、その命を凍りつかせなさい――ブリザード」
カナタの悲鳴と魔法発動のタイミングが、またしてもほぼ同時となった。
『キシャ?』
手前のアーミーアントが違和感を覚えて鳴いた直後、その姿は一瞬にして氷の中に閉じ込められていた。
閉じ込められたのはその一匹だけではなく、さらに後方のアーミーアントまでがどんどんと氷漬けになっていく。
「……す、すごい」
騎士であるアルフォンスが魔法を使えるとは思ってもおらず、驚きのあまりカナタの口からは素直な感想が漏れてくる。
このままアーミーアントを殲滅できるのではないかと思ってしまうほどに、目の前には異様な光景が広がっていたのだが、このタイミングでリッコとライルグッドが剣の柄を握りながら立ち上がった。
「ど、どうしたんですか?」
「アルの魔法が切れる」
「え?」
「さあて。ここからが私たちの本番ね!」
「殿下、リッコ様、お願いします」
アルフォンスの言葉が終わるのと同時に、頭上で展開されていた魔法陣が消失した。
直後にはライルグッドとリッコが駆け出し、氷漬けになったアーミーアントを無視して奥の巣穴へと近づいていく。
巣穴に近い場所にいたアーミーアントが本能の任せて二人へ襲い掛かっていくが――
――ザシュッ!
どちらも一振りで胴体を両断し、首を刎ね、顔から左右に分つようにして斬り伏せていく。
「……リッコが強いのは知っていたけど、殿下もあれほど強いんだ」
「だから言ったでしょう? 殿下は私よりも強い方だと」
あっという間に巣穴の中へと姿を消してしまった二人を見送ると、アルフォンスがカナタの肩をポンと叩いた。
「さあ、やりましょうか」
「やりましょうって……あ」
二人は一気にアーミーアントの間を駆け抜けていっただけであり、地上にはまだ多くの個体が残っている。
それらの個体は巣穴の中へ戻っていくものもいたが、大半が残っているカナタとアルフォンスに首を向けてきた。
「最低でも十匹は倒してみましょうか」
「い、一匹で十分ですよ!」
微笑みながら十匹と言われてしまい、カナタは必死になって訴えを口にする。
『キシャアアアアッ!』
しかし、カナタの訴えが叶う事はなく、なし崩し的にアーミーアントと対峙する事になるのだった。
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