第93話:予想外の旅路

 ワーグスタッド騎士爵領から王都アルゼリオスまでは六つの領地を跨いでいかなければならない。

 ライルグッドやアルフォンス、鍛えられた騎士たちだけであれば馬を飛ばして数日中に到着する事もできるが、今回はカナタが一緒である。

 冒険者であるリッコは別としても、カナタが同行しているのであればそれなりに行軍速度を落とさなければならなかった。


「…………暇だな」

「あの、本当に飛ばしていただいても構いませんよ、殿下?」

「ん? あぁ、すまんな。つい本音が口をついてしまった」

「うぐっ!?」

「本音って、それがカナタ君に止めを刺したわね」

「そうなのか?」


 馬車の中の会話はこんな感じで進んでいる。

 ライルグッドは自らも凄腕の騎士であり、国の大事には自ら騎士団を率いて出陣する事もある。

 だからこそ、行軍速度の遅い今の状況に本音が口をついてしまったのだ。


「気にするな。俺はたまにこうして本音が出てしまう質だからな」

「……それを気にするなと言うのは無理な話かと」

「ちょっとくらいなら、体を動かしてもいいと思いますよ?」


 ライルグッドの態度にリッコも思うところがあったのか、ついポロリとそんな事を口にしてしまった。


「そうか? 本当にいいのか?」

「「……え?」」

「アルフォンス!」

「あの、その、殿下?」

「時間があればという話だけど、もう日も傾いて来ていますよ?」

「なんでしょうか、殿下?」

「魔獣狩りを行う! 体が鈍って仕方がない!」

「ぐはっ!?」

「かしこまりました。もう少し先に野営地がありますので、そちらまで少しばかり飛ばします」


 リッコの一言からあれよあれよと話が進んでいき、馬車の速度が上がっていく。

 カナタとリッコの向かいでソワソワし始めたライルグッドをよそに、二人は顔を見合わせると小さくため息をついた。


 アルフォンスの言葉通り、馬車を飛ばした先には平らになった野営地が存在していた。

 テキパキとテントを整えていくアルフォンスを横目に、ライルグッドは屈伸をしながら体を伸ばしている。


「……リッコはどうする?」

「……さすがにカナタ君を一人にするわけにはいかないでしょう?」

「……うん、それは完全に同意する」


 あっという間にテントを組み立てたアルフォンスがライルグッドの隣に並び立つと、何故かライルグッドは満面の笑みを浮かべて二人へ振り返った。


「行くぞ!」

「「……はい?」」

「行くぞ!」

「「……はい」」


 全く同じ単語の繰り返しになったが、その意味は大きく異なっている。

 渋々に準備を始めたカナタとリッコだったが、カナタは気づいていた。

 実のところ、リッコもライルグッドと同じで体を動かしたがっていた事に。


「……準備万端だね」

「冒険者なんて、みんなそんなもんよ?」

「……そっか。準備できてないのは、俺だけなんだな」


 そう口にしているカナタだったが、内心ではリッコの姿に誇らしさを持っていた。

 何故なら、彼女の腰にはカナタがお礼として贈った剣が下げられていたからだ。


「この剣の切れ味をカナタ君に見せるのは初めてよね?」

「そうだな。俺は魔獣狩りになんて同行しないし」

「カナタは魔獣狩りをしないのか?」

「……殿下、俺は職人ですよ?」


 二人のやり取りに割って入って来たライルグッドの言葉に、カナタは嘆息しながら答えた。


「職人でも自ら素材を求めて魔獣と対峙する者もいると聞くが?」

「俺には無理です。戦いの心得がありませんから」

「そうか……ならば、この機会にカナタにも戦い方を教えてやった方がいいかもしれないな」

「……はい?」

「アルフォンスはカナタに剣の指導をしてやれ」

「かしこまりました」

「…………いや、護衛ですよね? 他に護衛の方がいるんですか?」


 護衛であるアルフォンスへの使命と、それをあっさり受けてしまった彼にカナタは愕然としてしまう。

 パッと見では誰もいないように見えて、実は他にも護衛がついてきているのかと周囲に視線を向けてみたのだが、それらしき姿は見当たらない。


「誰もいないぞ?」

「殿下は私よりも強い方ですから、お気になさらず」

「私もいるしね! まあ、切れ味を見せられないのは残念だけど」

「……なんのための護衛なんですか? アルフォンス様もリッコも!」


 殿下や貴族に対する言葉遣いを忘れて怒鳴ったカナタだったが、彼の言葉は誰にも響いていなかった。


「俺は体を動かせれば問題ないからな」

「アルフォンス様がいるから大丈夫でしょ?」

「気をつけていってらっしゃいませ、殿下、リッコ様」


 アルフォンスの言葉に二人が駆け出していくのを見送ると、カナタは肩を落としながら一言呟いた。


「……あり得ない」

「さあ、やりましょうか、カナタ様」

「…………はい」


 何を言ってもやらされるのだろうと諦めたカナタは、どこから取り出したのか分からない木剣をアルフォンスから受け取ると、その場で臨時訓練が始まったのだった。

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