第92話:各々の想い

 馬車を見送ったスレイグたちが屋敷に戻ると、アルバが決意の表情で口を開いた。


「……父上」

「どうしたのだ、アルバ?」

「僕に剣の指導をお願いできませんか?」


 アルバは学園で剣を習っている。館でもスレイグの指導の下、剣の稽古は続けていた。

 しかし、アルバから指導をお願いするというのは、剣を手にした少年の頃以来だったかもしれないとスレイグは驚いていた。


「急にどうしたのだ? アルバから言い出すなんて、珍しいじゃないか」

「カナタから素晴らしい剣を与えられたんです。やる気にならない人はいないと思いますよ?」


 アルバの手には、今の体格にあった剣が握られている。昨日の内にスレイグが手渡していたのだ。


「私は構わないが、時間はどれくらいあるのだ?」

「一日中大丈夫です!」

「ははは……さすがに一日中は無理だが、このまま庭に行こうか」

「はい!」


 歩き出した二人を追い掛けて、楽しい事が好きなキリクとシルベルも庭へ向かう。

 四人の背中を見送ったアンナは、微笑みを浮かべながら館の中へ戻ると、自分を含めた全員分のグラスを運んでいくのだった。


 ◆◇◆◇


 リスティーはカナタから貰った贈り物の魔石を眺めながら自宅の椅子に腰掛けている。

 台所に立って洗い物をしていたイーライも向かいの椅子に腰掛けると、ポケットに入れていたもう一つの魔石を取り出した。


「これ、本当に貰ってしまってよかったのかな?」

「カナタ君がそういうなら、そうなんでしょう」

「そうなんだけど……これ、どれほどの価値があるのか君には分かるのかい?」


 錬金術師ではないイーライでは魔石の価値を知る術がない。

 しかし、魔石を貰った場でリスティーが高価なものと口にした事を覚えていた。


「……この魔石だと、一個で中銀貨一枚くらいかしら」

「ちゅ、中銀貨!? ……それ、本当なの?」

「うん。だから驚いちゃったのよ。たぶん、騎士爵様たちにはもっと価値のある贈り物がされていると思うけど」

「……本当に凄い子だったんだね、カナタ君って」


 改めてカナタの凄さを身に染みたイーライは、まじまじと魔石を見つめてしまう。

 中銀貨一枚で10万ゼンスとなり、現在手元には同等の価値のある魔石が二個ある。


「……これ、どうしようか?」

「カナタ君が望んだとおりにしようかなって思ってるけど、どうかな?」


 カナタは魔石を贈った時にこうも口にしていた。


『――必要がなければ売ってしまっても構いません。でも、俺としてはお揃いの何かをそれで作ってくれたら嬉しいと思っています』


「……指輪でもネックレスでも、あなたが身に付けられるものでお揃いのものを作りましょうか」

「……そうだね。カナタ君の望むままに」


 お互いに見つめ合いながら微笑みを浮かべると、もう一度魔石を見つめる二人なのだった。


 ◆◇◆◇


 ギルドビルに戻ったロールズは、今後の事についてを必死になって考えていた。

 その横にはウィルが立っており、新にロールズ商会に加入した面々が顔をそろえている。


「カナタ君がいなくなった今が、私たちにとっての正念場になるわ! 鍛冶師も錬金術師も、彼に負けないような作品を作り出せるよう取り組みなさい!」

「「「「はい!」」」」

「冒険者組は素材集めに取り組むように! とはいえ、命は大事に行動する事、いいわね!」

「「「「おう!」」」」


 カナタが作業をしていた部屋で集会を終えると、職人たちは分担された作業に移っていき、冒険者組は部屋を出て行き素材集めへと向かう。

 そんな中でウィルだけはロールズの隣に立ったままだった。


「……俺は何をするんだ、商会長?」


 ロールズの指示でこの場に留まっているウィルだが、何をするのかは聞かされていない。

 口下手な彼ではあるが、なんとかそれだけを口にして問い掛けた。


「鉱山開発が終わったからといって、魔獣がいなくなったわけじゃないわ。それは分かるでしょう?」

「あぁ。だから、定期的に魔獣狩りを、行っているからな」

「ウィルには魔獣狩りを行いながら、Bランクを目指してもらうわ」

「……お、俺がか?」


 つい先日にCランクに上がったばかりのウィルだが、ロールズからBランクを目指してもらうと言われて驚きを隠せない。

 だが、ロールズの表情を見るにその言葉が本気である事は明らかだった。


「ウィルならできるって、リッコから聞いてるわよ?」

「……リッコがか?」

「えぇ。ソロでBランクに上がれたら最高だけど、命を大事にするなら誰かとパーティを組んで欲しいわね」

「……善処、する」


 パーティと聞かされてやや下を向いてしまったウィルだが、その背中をリッコが軽く叩いた。


「大丈夫よ! あなたはもうCランク冒険者なんだから自信を持ちなさい! 少なくても、ロールズ商会で雇っている冒険者は誰もあなたを見下さないからね!」


 そうはっきりと口にしたロールズは、快活な笑みを残して部屋を後にした。


「……Bランクか」


 小さな声での呟きだったが、ウィルは二人が戻ってくる頃にはBランクになっておこうと、心の中で誓いを立てるのだった。

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