第91話:出発、王都アルゼリオス

 そして、翌日。

 わざわざライルグッドがワーグスタッド騎士爵の館までカナタを迎えに来てくれた。

 恐縮してしまうカナタだったが、ライルグッドは笑顔で構わないでくれと口にする。


「こちらが迎えに来ているのだから、当然の事だろう?」

「いえ、さすがに殿下に迎えに来てもらうというのは……」

「ふむ……なあ、カナタ・ブレイドよ」


 カナタがずっと畏まっている様子を見て、ライルグッドは驚きの提案を口にした。


「俺に対してはもう少し砕けた態度で話してくれて構わないぞ?」

「……無理です、できません」

「俺が頼んでいるのにか?」

「うぐっ!? ……あ、あの、アルフォンス様?」

「殿下が仰るのであれば構わないかと」

「えぇっ!?」


 まさかアルフォンスにまで認められるとは思わず、カナタは声をあげてしまった。


「ちなみに、リッコ・ワーグスタッドも構わんぞ?」

「そうですか? でしたら、そうさせてもらいます」

「ちょっと、リッコ!?」

「まあまあ、カナタ君。殿下がそう言ってくれているんだから、従っておくべきだよ?」


 リッコはそう口にしているが、その後ろに立っているスレイグの表情は完全に強張っており、止めてくれと暗に伝えているように思えてならない。

 しかし、ライルグッドも折れる様子が見られないため、仕方なくカナタも従う事にした。


「…………分かりました」

「助かる。俺も堅苦しい態度は好きじゃないからな」


 カナタが了承の意を示した直後、後ろではスレイグが大きく肩を落としていた。


「それではスレイグさん、アンナさん、みんな。行ってきます」

「……あぁ。気をつけて行ってくるんだよ」


 スレイグと固い握手を交わすカナタ。


「カナタ君の事をしっかりと支えてあげるのよ、リッコ~?」

「もちろんです、お母様!」


 リッコはアンナと抱き合っている。


「またいつでも戻って来てくれよな!」

「待ってるね!」


 キリクとシルベルは笑顔でそう口にした。


「……カナタ」

「はい、アルバさん」

「君に貰った剣を手に、僕はしっかりと次期領主にふさわしい人間になると誓うよ」

「アルバさんなら大丈夫ですよ」

「だからさ、カナタ。……必ず、ワーグスタッド騎士爵領に、スライナーダに戻ってきてくれよ」


 贈り物を受け取ってからか、アルバの心境に変化があった。

 もとより次期当主として自覚を持っていたアルバだが、さらに強く意識するようになったのだ。

 特に剣術への興味が湧いてきている。

 スレイグも元は騎士として活躍した人物であり、昨日は直接指導を乞うていたほどだ。


「分かりました。そしたら、俺もまた全力でワーグスタッド騎士爵領のために働かせていただきます」


 カナタはアルバとも固い握手を交わすと、改めてライルグッドと向き合った。


「もういいのか?」

「はい」

「私も大丈夫です」

「では、行こうか。アルフォンス、御者を頼むぞ」

「はっ!」


 ライルグッドの合図を受けてアルフォンスが御者席に移動し、残りの三人が馬車に乗り込んでいく。

 その間もスレイグたちは動く事なく、走り出してからも馬車が見えなくなるまで手を振り続けていたのだった。


 スライナーダの門を抜ける際、馬車を見ている人物がいた。

 アルフォンスも見た事のある人物だったこともあり、馬車の速度が徐々にゆっくりになっていく。

 カナタとリッコが顔を出すと、見知った顔に声を掛けた。


「ロールズさん!」

「リスティーさんにイーライさんも!」


 馬車が停まると、ロールズたちも声を掛けてきた。


「仕事、頑張りなさいよ!」

「またスライナーダに戻ってくるのを楽しみにしているからね!」

「僕たちはいつでもカナタ君を歓迎するからね!」

「皆さん……ありがとうございます!」

「カナタ君の事は任せてちょうだい!」


 馬車から手を出して三人と握手を交わしたカナタとリッコ。

 その様子を向かいに座り、微笑みながらライルグッドは眺めていた。

 三人が離れたのを確認すると、アルフォンスは再び馬を走らせる。

 カナタとリッコが座り直すと、ライルグッドが口を開いた。


「君たちは仲間に愛されているんだな」

「俺はどうか分かりませんが、リッコは確かにその通りです」

「カナタ君もそうでしょう?」

「俺は関わった事がある人だけかな。リッコは領民の全員から愛されているだろう?」

「それこそどうかと思うわね」


 二人のやり取りを受け、ライルグッドは声をあげて笑った。


「はははははっ! 君たちは本当に面白い。だが、だからこそ安堵する」

「……安堵、ですか?」


 言葉の意味が理解できずにカナタは聞き返した。


「……カナタよ。君の力は過去に栄光を手に入れたブレイド家のものと同じだと言えるだろう」

「……え? 錬金鍛冶が、勇者の剣を打った、初代様の力と同じ?」

「その通りだ。だからこそ、元ブレイド伯爵や過去の当主に目覚めなくてよかったと、心の底から思っている」

「あー……それは、俺もその通りだと思います」


 驚きのあまり一瞬だけ声が出なくなったカナタだったが、ライルグッドの次の発言には苦笑を浮かべて同意を示した。


「陛下が何をさせたいのか、実は俺にも分からない。しかし、やるべき事を終えたその時にはスライナーダへ戻れるよう進言しよう」

「ありがとうございます、殿下」

「それに……なあ?」


 最後の問い掛けはリッコに向けられたものだった。

 そのリッコは無言のまま頷いていたが、カナタは何をしているのか分からずに首を傾げている。


「……先は長いのか?」

「……どうでしょうか?」


 付き合いの短いライルグッドですら気づいているリッコの気持ちに気づいていないカナタ。

 結局、リッコとライルグッドが苦笑を浮かべる事で話題は変わっていったのだった。

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