第89話:出発会とお礼の品
――そして、スライナーダを出発する前日にパーティが行われた。
名目はカナタとリッコが王都へ向かうという事で
どのように名付けられても文句はないのだが、わざわざ名目を付ける必要があったのかと疑問に思わなくもない。
しかし、リッコは何故かとても楽しそうだった。
「だって、お母様の手料理が食べられなくなるのよ? 今日の内でたくさん食べておかないとね!」
単に食い意地が張っているだけだったのだが、確かにアンナの手料理はとても美味しいとカナタも思っていたのでリッコの言葉に乗っかる事にした。
食事が進んでいくと大人組は酒を飲みかわし、子供組は何気ない会話で盛り上がっていく。
そんな中、カナタは子供組の輪の中から外れると大人組のところへやって来た。
「スレイグさん」
「おぉっ! カナタ君、座りなさい! お酒は勧められないが、話をしようじゃないか!」
スレイグは話がしたいのだと勘違いして隣に座るよう伝えたのだが、カナタは机を挟んで正面に立ったまま、お礼の言葉を口にした。
「突然スライナーダにやってきて、今日まで世話をしていただき、本当にありがとうございました。アンナさんも、そしてリスティーさんやイーライさんも一緒です」
「ど、どうしたのだ、突然?」
「そうよ~。カナタ君はもう、私たちの子供同然なんだからね~?」
「私たちはカナタ君を助けたいと思ってこっちから始めた事だし、気にしなくていいのよ?」
「そうだよ、カナタ君。前にも言ったが、君は君のためになる事をやればいいんだよ」
オロオロしてしまったスレイグとは違い、アンナやリスティー夫妻は気にするなとそれぞれが口にする。
「はい、それは分かっています。でも、これは俺がやりたいと思ってやっている事です。そして、皆さんへのお礼も、その一つです」
カナタがそう口にすると、こっそりと準備を始めていたリッコがそれぞれへの贈り物を運んできてくれた。
「こちらは、スレイグさんへ」
布に包まれたそれを解いて見てみると、そこにはスレイグがいつも腰に下げている剣と似た形をした全く別の剣があった。
「俺が手に入る最高の素材で作ってみました。殿下に贈ったものとは等級が落ちてしまいましたが、おそらくはこれが今の俺にできる最高の作品だと思っています」
ライルグッドに贈った剣を作って以降、カナタは一等級の作品を作れていない。そもそも、あの時の一振りだけが異常だったのだと思えるようになっている。
その中でも今できる最高の作品を作ろうと心に決めて出来上がったのが、スレイグへ贈った剣だった。
「等級は三等級、リッコが持つ剣と同等級のものになります」
「……ガ、ガナダぐん!」
何故か泣き出してしまったスレイグに困惑していると、スッと後ろに回り込んできたリッコが耳打ちをする。
「……お父様、お酒が回ると涙もろくなるから気にしない方がいいわよ?」
「……そうなのか?」
出発会で泣かれると何か意味があるのかと思ってしまったが、アンナも特に気にする様子を見せていなかったのでワーグスタッド騎士爵家ではいつもの光景なのだろうと割り切る事にした。
「そして、こちらはアンナさんへ」
「あら、これは~?」
「包丁はすでに持っていると聞いていたので、俺が知る限りの台所用品一式です」
アンナへの贈り物に関しては量が多く重さもそれなりになってしまった事もあり、カナタはリッコと協力して何回かに分けて机に並べていく。
「あらあら~。結構な量ね~、大変だったんじゃないかしら~?」
「これでもまだ足りないと思っているくらいです。必要な物があったら言ってください。すぐに取り掛かりますから」
「これだけあれば十分よ~。ありがとう、カナタ君」
嬉しそうに微笑んでくれたアンナを見て、カナタも自然と笑みを受けベていた。
「そして、リスティーさん、イーライさん」
「え?」
「ぼ、僕たちにもかい?」
「はい。むしろ、最初にお礼をしないといけないと思っていたのに、ここまで遅くなってしまって申し訳ないくらいです」
驚いている二人をよそに、カナタはリッコから受け取った小さな包みをリスティーに手渡す。
包みをゆっくりと外していき、中に入っていたものを見たリスティーは目を見開いて顔を上げた。
「……カ、カナタ君、これって!」
「はい。錬金術を行った魔石です」
「ま、魔石ですって!?」
驚きの声は別のところからあがった――ロールズである。
「ちょっと、カナタ君! 魔石に錬金術を使えるなんて、聞いてなかったんだけど!」
「……そうでしたっけ?」
「そうよ! っていうか、誰がそんな事を教えたの……って、まさか!」
ロールズの視線がカナタからリスティーへと向けられる。
これはバレたと観念したのか、リスティーはロールズの視線を気にする事なくカナタへ話し掛けた。
「嬉しいんだけど、こんな高価なものは貰えないわ」
「いいえ、貰ってください。これは二人のために作った、俺の渾身の作品なんですから」
「僕たちのためにかい?」
「はい。実はこれ――同じものが二つあるんです」
「「ふ、二つ!?」」
驚かせようと自分で隠し持っていた魔石をポケットから取り出すと、そちらをイーライに手渡す。
思わず受け取ってしまったイーライは返そうとしたものの、カナタは頑なに受け取ろうとはしなかった。
「必要がなければ売ってしまっても構いません。でも、俺としてはお揃いの何かをそれで作ってくれたら嬉しいと思っています」
カナタが微笑みながらそう口にすると、二人は顔を見合わせた後に視線を魔石へと落とし、最後には視線をカナタに戻すとニコリと微笑み大きく頷いた。
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