第88話:残りの時間でやるべき事を
王命を受けた翌日に出発、という運びにはならなかった。
カナタとしてはすぐにでも出発するだろうと考えていた。それは本来であれば何よりも優先される王命だからだ。
しかし、そこはライルグッドが許可を出してくれた。
『――無理を言っている自覚はあるからな』
まさかそのように言ってもらえると思っていなかったのか、当初は今ある在庫をどのように輸出していくかを考えていたロールズだが、今ではどれだけ在庫を増やせるかを考えていた。
もちろん、仕事をするのはカナタである。
そのカナタも自分にできる事ならと積極的に錬金鍛冶を行ってくれるのでロールズとしては大助かりだ。
様子を見に来たリッコがロールズに無理をさせ過ぎだと詰め寄った場面もあったのだが、カナタがやりたいのだと口にした事で怒りは収まっていたが。
そうは言っても与えられた猶予はそう長くない。
陛下が秘密裏に送り出している使者がいるかもしれないという事で、ライルグッドとしては最長でも七日が限界だろうと口にしたからだ。
仕事だけなら構わないのだが、その合間にスレイグたちへのお礼やリスティー夫妻へのお礼もまだできていない。
リスティー夫妻へのお礼については考えがある。しかしスレイグたちへのお礼がまだ決まっていなかった。
「うーん……どうしようかなぁ」
そんな事を考えながらもカナタは錬金鍛冶の手を休めてはいなかった。
何百、もしかすると千に迫るかもしれない数の錬金術や鍛冶をこなしてきたカナタにとって、何かを考えながら作業をする事は問題にならない。
もちろん、それは複製であるからであり、新しい素材への錬金術や新しい作成となれば話は別だが。
「……俺は職人だ。ならやっぱり、作品をお礼の品として渡すべきだよな」
最終的に行きついた先は、やはり職人としてお礼をする、という事だった。
アンナはすでにロールズ商会の包丁を持っていると話していたので別の台所用品を贈るとして、アルバたちには何をと考える。
騎士爵家という事もあり、アルバたちにはスレイグと同じように剣を贈ることにした。
だが、小さい頃からいきなり等級の高い剣を持たせるのはいかがなものかと思い、まとめてスレイグに渡してしまおうと考えた。
「あ……でも、三人がどんな武器を使うかとか、聞いてないや」
しばらく考えていたものの、分からないものを考えてみ意味がないと判断してリッコに聞いてしまおうという結論に至った。
今日はスレイグとアンナ、そしてリスティー夫妻へのお礼の品を作り上げてから帰宅した。
◆◇◆◇
翌日はリッコに声を掛けて一緒にギルドビルへと向かい、その途中でアルバたちが得意とする武器について聞いてみた。
「アルバたちの? ……どうして?」
「いや、アルバたちにも世話になったし、ちゃんとしたお礼を渡したいと思ってさ」
「お礼って、別にいいのに。それに渡すならお父様やお母様だけでいいんじゃないの?」
「俺もそう思ったんだけど、アルバたちにも助けてもらったからさ。……その、兄弟って良いものだなって思えたし」
カナタがブレイド伯爵家で不遇を受けていた事をリッコは知っている。だからこそ、今の言葉の重みをしっかりと受け止める事ができた。
「……そっか。なら、いいんじゃないかな」
「ありがとう」
リッコの話によると、アルバは剣、キリクは槍、シルベルはこれから見極めていく、との事だった。
アルバとキリクは決まったが、これからという事はシルベルへのお礼をどうするべきか悩んでしまう。
カナタの悩みが分かったリッコは一つアドバイスを口にした。
「……シルベルには、火の魔法と相性が良い杖がいいかもね」
「……杖?」
「えぇ。お父様は騎士にしたいみたいなんだけど、お母様は魔導師にしたいみたいなの」
「どうしてだ?」
「あの子、生まれつき魔力が多かったの。成長するにつれてその量がどんどんと多くなっているし、最終的にはどう転んでも魔導師になると思うのよね」
リッコに話を聞いていてよかったと、カナタは心底思っていた。
ここで剣や槍を贈ってしまうと、スレイグなら絶対に騎士にすると言い出しかねない。それはシルベルの未来をカナタが決めてしまうも同然だからだ。
「危なかった。やっぱりリッコに聞いといてよかったよ」
「そう言ってもらえると私も嬉しいわ。贈り物は今日で作っちゃうの?」
「そのつもりだよ。リスティーさんにも渡したいんだけど、タイミングがなぁ」
「あっ! それじゃあ、王都へ向かう前にちょっとしたパーティでもしましょうか!」
「……パーティ?」
突然の申し出に首を傾げてしまったカナタだが、そこにリスティー夫妻も呼べばいいのだと言われるとその方がいい気もしてくる。
貴族の家に突然招かれて恐縮するかもしれないが、リスティーならリッコとも仲が良いので構わないだろうと考えた。
「……まあ、迷惑でなければ?」
「ならないわよ。なんて言ったって、私も行くんだからね! 盛大に見送ってもらわなきゃ!」
「なんだよそれ」
苦笑を浮かべてそう呟くと、ちょうどギルドビルに到着した。
入口でリッコと別れたカナタは、作業部屋に入ると今日も仕事をこなし、その合間に贈り物を作っていく。
誰かのために作るというのはとても楽しいもので、膨大な仕事をこなしながらではあったがとても早く感じられる一日になったのだった。
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