第87話:ロールズへの説明

 翌日、ギルドビルへ向かいロールズと対面したカナタは、開口一番で王命によってスライナーダを離れる事になったと説明した。

 当初は文句を言われ続けるだろうと覚悟していたカナタだったが、ロールズの反応は意外なものだった。


「……そっか。意外と早かったのね」

「……え?」

「カナタ君。私があなたと契約を交わした時の内容って覚えているかしら?」

「いったい何の話ですか?」

「その様子だと、覚えていないわね」


 突然の話題転換に首を傾げてしまうカナタだったが、ロールズは表情を変える事なく言葉を続けていく。


「あなたに支払っていた給料だけど、当然ながら残業代も含まれているし、仕事内容によっては上乗せして口座に入れてあるわ」

「う、上乗せ? そんなの契約内容にありましたっけ?」

「あったわよ? 知らなかったの?」


 ロールズはカナタが契約内容を覚えていないと口にしたが、実際はしっかりと覚えている。

 しかし、カナタの記憶の中にある契約内容にそのような記載は見当たらなかった。


「というわけで、カナタ君の口座には現在莫大な金額が貯まっているわ。そのお金で王都でもしっかりやりくりする事ね」

「莫大って……でも、本当にあったかなぁ。契約書を見せてもらっても?」

「そんな細かい事を気にしていたらダメよ~? それに、商人ならお金は稼げる時に稼いでおかないとね!」

「いや、俺は商人じゃなくて職人なんですけど?」

「だから細かい事を言わないの! そうそう、私としては王都での用事が終わったらまた戻ってきて欲しいのよ。だから、退職金は出したくないんだけど……いいかしら?」


 ここにきて再びお金の話となり、カナタは苦笑しながらやはり商人だなと思ってしまう。


「もちろん、そうなったら王都へ出張という名目で商会から出張費を出してあげられるわ」

「……はい?」


 しかし、まさか出張費を出してもらえるとは思っておらず変な声を漏らしてしまった。


「だって、当然でしょう? 当商会の人間が王都へ出張するんだもの。その費用くらいは商会が出してあげないと誰もついて来てくれないでしょう?」

「いや、それはまあ、その通りだと思うんですが……どれくらい掛かるか分かりませんし、そもそも戻ってこられるかも分からないんですよ?」

「もし戻ってこられないなら、王都に支店を出してカナタ君には支店で働いてもらうとか、やりようはいくらでもあるのよ?」

「……ほ、本当に商人ですね、ロールズさんは」

「これくらい考えつかないと、商人なんてやってられないわよ?」


 当たり前のように口にするロールズだが、これは彼女なりのカナタへ報いるための手段だった。

 リッコのようについていく事はできない。すでにロールズ商会はワーグスタッド騎士爵領内にて大きくなり過ぎており、商会長が長期間離れられないからだ。

 ならばと考えたロールズの案が様々な理由を付けてお金を渡し、商会でお金を出して少しでもカナタの負担を軽くしようというものだった。


「とはいえ、支店で働くとなると私が素材を準備する事が難しくなるから現地で揃えないといけなくなるけど……まあ、その辺りはなんとかなるでしょう!」

「そんな行き当たりばったりな」

「行き当たりばったりなのはカナタ君でしょう? 王都で何をさせられるか、まだ聞いてないんじゃないの?」

「それは……確かに」


 ロールズには口で勝てないと理解しているのですぐに言葉を引っ込める。

 とはいえ、どうしてこうも良くしてくれるのか理解できずそこだけは確かめる事にした。


「あの、ロールズさん。どうして俺の事をそこまで良くしてくれるんですか?」

「別に普通の扱いをしているけど?」

「これがですか?」

「うーん……まあ、確かに少しだけ融通している部分はあるかもしれないけど、それはカナタ君の実力がそれに見合っているからなのよ?」

「俺の実力がですか?」

「当然じゃないのよ! 錬金鍛冶なんて規格外の実力を見せられたら誰だって手放したくないと考えるし、思いやりのある性格もプラスよね! 他にも気遣いだってできるし、何より――」

「も、もう結構です!」


 突然自分が褒められる事になり恥ずかしくなったカナタは慌ててロールズを止める。彼女は言い足りなさそうな顔をしたものの、クスクスと笑いながら話題を変えてくれた。


「それにね、カナタ君には感謝しているのよ」

「え?」

「だって、カナタ君がいなかったらロールズ商会はここまで大きくなれなかったんだもの。もしかしたら、まだバルダ商会がスライナーダを掌握していたかもしれないし、私も傘下に入っていたかもしれないしね」

「いや、それはないと思いますよ?」

「そうかしら? 商人として儲けだけを考えれば、そうなる事も考えられるでしょう?」

「……ロールズさんは、そうはしないと思います」


 何を根拠にそう口にしたのかロールズには分からなかった。

 しかし、彼女と仕事をしてきたカナタはロールズという商人の心根に触れる事ができたと思っている。


「……そうかもね、ありがとう」

「いえ、こちらこそ、無理を言っていますから」


 ロールズもカナタの気持ちを汲んで否定する事はせず、素直にお礼を口にした。

 しばらく黙り込んでしまった二人だが、静寂を破ったのはロールズだった。


「……さーて! それじゃあカナタ君の王都出張のために色々と準備をしなきゃね!」

「あー……本当に出張でいいんですか?」

「良いに決まってるわよ! それに言ったでしょう? 手放したくないんだってね!」


 ロールズの言葉を皮切りに、王都出張という名目で話は進んでいく。

 カナタはリッコやスレイグたちだけではなく、ロールズにも感謝をしながら話を詰めていくのだった。

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