第86話:王命を受けて
スレイグの部屋にカナタだけではなくリッコも顔を出し、スレイグは少しだけ驚いた顔を浮かべた。
「どうしたのだ?」
「私も話を聞くわ、お父様。あら、お母様もいたの?」
「うふふ~。私も聞こえていたらからね~」
「……構わないのかい、カナタ君?」
「はい。というか……リッコは先に部屋へやってきて、もう話をしています」
「あぁー……分かったよ」
苦笑いを浮かべたスレイグにジト目を向けるリッコだったが、部屋に備え付けられている給仕室に移動してお茶を入れてきた。
応対用の机にお茶が並べられると三人とも椅子に腰掛け、カナタが口を開いた。
「今日の昼、殿下が会いに来ました」
「……殿下が?」
「はい。新たな王命として、鉱山開発が終わり次第で王都へ向かうようにと」
「なあっ!? ……という事は、もうすぐではないのか?」
「……はい」
スレイグも予想外だったのか、驚きの声をあげながら頭を抱える。
「……それをカナタ君は受け入れたのかい?」
「王命ですからね、受け入れないといけませんよ」
「それはそうなのだが……」
どうしたものかと俯いてしまったスレイグだが、カナタはそのまま言葉を続けていく。
「俺は陛下の意思を尊重するつもりです。むしろ、最初の王命に逆らっていながら命を繋ぎ止めていられている事に感謝しなければなりませんからね」
「……結局、私はカナタ君に何もしてあげられなかったな」
「そんな事はありませんよ。俺はスレイグさんに助けられてますし、リッコやアンナさん、それにアルバさんたちにも」
その言葉にスレイグが顔を上げると、視線の先ではカナタが笑みを浮かべていた。
「……そう言ってもらえるなら、ありがたいよ」
何とか笑みを浮かべているものの、どことなく疲労の色が濃く感じられる。
しかし、カナタの隣に座るリッコからさらなる爆弾発言が発せられた。
「……お父様」
「どうしたんだい、リッコ?」
「私――カナタ君についていきたいと思います」
「「…………はああああああああぁぁぁぁっ!?」」
「いいのではないかしら~」
「「どうしてそうなるの!?」」
リッコの発言にはスレイグだけではなくカナタも驚きの声をあげたのだが、アンナだけは即座に同意を示しておりそこへさらなる驚きを覚えた。
「ちょっと、アンナ!? どうしてそう簡単に決めてしまうんだい?」
「リッコの気持ちは分かっていた事ではないですか~」
「えっ!? ……そ、そうなの、お母様?」
「うふふ~。私はあなたの母なのよ~? これくらいは分からないとね~」
アンナの発言にはリッコも驚いていたが、それでも嬉しそうに微笑んでいる。
女性陣は納得顔なのだが男性陣はそうではない。
スレイグとしてはリッコとカナタが付き合い将来的には結婚も視野に入れていたのだが、二人して領地を出ていく事は考えていなかった。
王命によってカナタが王都へ向かうとしても、役目が終わればどうにかして連れ戻そうと考えてすらいたのだ。
「リッコ、考え直せないのかい? カナタ君が戻ってきてからでも遅くはないだろう?」
「いいえ、お父様。私はもう決めたのです」
「そうよ、あなた~。リッコの決断を無下にしてはダメよ~?」
「し、しかしだなぁ、アンナ……」
腕組みをしながら考え込んでしまったスレイグを無視して、アンナは視線をカナタへ向ける。
「どうかしら~、カナタ君。王都へ行く時はリッコも連れて行ってくれないかしら~?」
「えっと、俺は知り合いがいてくれる方が嬉しいんですが……い、いいのか、リッコ?」
「もちろんよ! 私はもう決めたんだからね!」
「……ス、スレイグさんは?」
カナタとしては言葉の通りありがたいのだが、それをスレイグが認めるかどうかは話が変わってくる。
しかし、スレイグの隣でアンナが笑顔の圧力を掛けているのか、腕組みをしているその額からは冷汗が浮かんでいた。
「……あ~な~た~?」
「うぐっ!? ……ま、まあ、カナタ君に預けるなら、問題はないかな」
「うふふ~。分かっていただけて嬉しいわ~」
軽く脅していなかったかと思わないでもなかったが、カナタは視線を正面の二人から隣のリッコへ向けた。
「どれだけの日数が掛かるか分からないし、何をさせられるかも分からないんだぞ?」
「構わないわ」
「もしかしたら、危険な事が待っているかも――」
「構わないわ」
「……戻ってこられるかも分からな――」
「構わないわ! 何度も言わせないでよね!」
「…………はい」
リッコの押しに根負けしたカナタは、リッコの同行を認める事になった。
「でも、殿下が認めてくれるかは分からないからな?」
「認めてくれなかったら、冒険者として王都へ向かう事にするわ!」
「無理やりだなぁ」
「それくらいの覚悟って事よ!」
胸を張りながらそう口にしたリッコに、カナタは改めて口を開いた。
「……ありがとう、リッコ」
「……うん!」
嬉しそうな二人の姿を、スレイグとアンナが微笑ましく見つめていたのだった。
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