第85話:報告とリッコの決断
ワーグスタッド騎士爵の館に戻ってきたカナタは、夕食を終えるとスレイグに内密の話があると口にした。
近くにいたのはアンナのみで、リッコたちには聞こえていない。
「……分かった」
一時間後にスレイグの部屋に来るよう言われて食堂を離れたカナタだったが、その姿を追い掛けてリッコが声を掛けてきた。
「カナタ君!」
「どうしたんだ、リッコ?」
「どうしたんだって……何か、あったんでしょう?」
カナタとスレイグが話をしている姿を見たリッコは嫌な予感を覚えていた。
確信を持ったわけではない。単にこのままではダメだと本能が訴えかけてきたのだ。
「……最初に伝えるのはスレイグさんだと思っていたんだけどなぁ」
「私がカナタ君を連れてきたんだから、私にも聞く権利はあるわ」
「……分かった。俺の部屋に来てくれ」
「ありがとう」
この時ばかりはリッコも冗談を口にする事はなく、真面目な表情のまま部屋に入り近くの椅子に腰掛けた。
「それで、何があったの?」
「……今日、殿下が作業部屋にやって来た」
「今日? ……前みたいに錬金鍛冶をやって欲しいって事?」
「違う。……新たな王命が陛下から与えられたみたい」
「……え? でも、それって、つまり?」
リッコはある可能性に気づいたのか、そこまで口にするとそのまま黙り込んでしまう。
その姿を見たカナタは言い淀んでしまったが、ここで黙っていても話は進まないと思い直し意を決して口を開いた。
「……鉱山開発が終わったら、その時点で王都へ向かうよう王命が出された」
「……そ、そんな。それじゃあ、カナタ君はもう、王都に向かうって事なの?」
「……そうなるな。一年って期限があると油断してたよ。まあ、半年で鉱山開発ができるとも思っていなかったけどな」
ライルグッドにした説明を同じ言葉を口にして、カナタは苦笑する。
違う事といえば、話し相手のリッコがずっと泣きそうな顔をしているという事だろう。
「でもまあ、鉱山開発が終わって冒険者も集まっているし、鍛冶師もたくさん集まってきている。傲慢だと思われるかもしれないけど、もう俺がいなくてもスライナーダの鉱山採掘は回っていくはずさ」
スライナーダでやれる事はまだあると思っているが、これ以上は王命に逆らう事ができないのも事実。残る事を選択してしまえばスレイグだけではなく、ワーグスタッド騎士爵領で暮らす領民にも多大な迷惑を掛けてしまうとカナタは理解していた。
「後の事はスレイグさんやロールズさん、それにリッコに任せる――」
「嫌よ」
「……リッコ?」
「絶対に嫌! 私は、カナタ君が王族に使われるだけの人生を送るなんて、絶対に嫌!」
半ば諦めていたカナタだが、それをリッコは許容できなかった。
残り半年あると思っていたのはリッコも同じだが、何かを決意しようとしていた彼女にとってはあまりにも早すぎる別れになってしまう。
「王族に使われるだけの人生になるとは限らないよ。殿下は急な王命を謝ってくれたし、もしかしたら好待遇で迎え入れてくれるかもしれないだろ?」
「……カナタ君は、それでいいの?」
「うーん……いいかどうかを聞かれると、急すぎるとは思う。ここでやれる事もまだあるわけだしな」
「だったら!」
「だけど、ブレイド家がなくなった時点で俺が名前を偽る理由もなくなったんだ。それなら、この国で暮らす国民としての責務を果たす必要があると思うんだ」
「それは、そうだけど……」
貴族の娘として、領民のためだけではなく国のためにも粉骨砕身で働いている父親の背中を見てきたリッコにとって、国のためにという言葉はあまりにも重かった。
それでも納得できないのは、心の問題なのかもしれない。
「カナタ・ブレイドという個人がどこまでやれるのか、そしてどれだけの高みへ進めるのか。それを試してみたいと思ったんだ」
「……どれだけの高みへ、進めるのか?」
「あぁ。陛下や殿下の力を借りる事になるし大変な道になると思うけど、面白い未来になると思わないか?」
「……私には、分からないわ」
「そうか? 元は森の中で死んでいたかもしれない未来が、王族に頼られるかもしれない未来に変わったんだぞ? 言っておくが、俺が一番感謝しているのはリッコなんだからな?」
「……私?」
自分に一番の感謝をしていると口にされ、リッコは思わず聞き返してしまった。
「当然だろう。何度も言ってきた事だけど、リッコがいなかったら俺はこの場にすらいなかった。感謝するなら、誰よりも先にリッコに感謝するってものさ」
「……そう、かな?」
「あぁ、当然だ」
満面の笑みを浮かべながらそう口にしたカナタを見て、リッコの中で何かの決意が固まった。
この笑顔を見ていたい、守りたい。そして――ずっと一緒にいたい。
「……分かったわ。私はもう、止めないよ」
「……ありがとう、リッコ」
「その代わりに私のお願いを聞いてもらえるかな?」
「お願い? まあ、俺にできる事なら」
「カナタ君にしかできない事よ」
「俺にしか? ……いったいなんだ?」
なるべく叶えてあげたいと思いそう口にしたカナタ。
「それは、お父様への報告の時に伝えるね」
「……なんか怖いな。本当に俺に叶えられるようなお願いなんだろうな?」
「もちろんよ。そろそろ時間でしょう?」
「聞こえていたのかよ」
「そりゃあ、気にして見ていたからねー」
悪びれた様子もなく、リッコは立ち上がりドアを開けると笑いながらそう口にした。
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