第84話:カナタの苦悩
――王都から取って返し戻ってきたライルグッドは内密にカナタへライアンからの交渉内容という名の王命を伝えた。
「……そう、ですか」
「急な話になってしまうが、これが陛下のお言葉だ」
ライルグッドが戻ってきたのは鉱山開発が完了したとスレイグが判断した三日後の事だった。
鉱山の開発状況はスライナーダ滞在中も見ていたのだが、まさか王都に戻っていた三ヶ月余りで開発が完了していたとは思わなかった。
一年という期間が短いと考えていたライルグッドに取って、自分の見立てが甘かったのだと痛感させられた瞬間でもある。
「……すまんな」
「え?」
「まさか、戻って来たら鉱山開発が終わっていただなんて思いもしなかったんだ」
「あぁ。……まあ、そうですよね。一年という猶予をいただいていたにもかかわらず、半年で終わってしまうなんて私も思いませんでしたから」
苦笑するカナタだが、頭の中ではこれからの事を考え始めていた。
(リッコやスレイグさんたちになんて言おうかな。ロールズさんにも俺が離れる事をちゃんと伝えないといけないし……あと半年はあると思っていたから油断していた)
鉱山開発が始まってからはロールズも忙しくしており変な探りを入れられる事はなかった。
それが逆にスライナーダを離れるという事を伝えるタイミングを逸した事にもなっていたのだ。
「陛下への報告を誤魔化す事もできるんだが……おそらく、俺たち以外にも秘密裏に使者を派遣して調査をしているはずだ」
「殿下の報告をも疑うんですか?」
「それくらいしなければ、一国の王など務まらないという事だろうな」
ライルグッドも苦笑を浮かべると、お互いに顔を見合わせてクスリと笑う。
「ここでやるべき事があるならば、それに関しては俺が陛下へ直に報告しよう。無理を言っているのはこちらなのだからな」
「いえ、それには及びません。ワーグスタッド騎士爵や商会の者には私からちゃんと説明させていただきます」
「……本当にすまないな」
「いずれ来る事が、すこしだけ早まっただけですから」
申し訳なさそうに呟いたライルグッドに、カナタは再び苦笑を浮かべながら答えた。
◆◇◆◇
ライルグッドと話をした翌日。
カナタはどのように伝えるべきかを考えながらギルドビルへ向かっていた。
起きてからずっと考え事をしていたせいかリッコから『大丈夫?』と声を掛けられたものの、当たり障りない答えをしてやり過ごしてしまった。
「……あれはマズかったかなぁ」
その場は引いてくれたリッコだが、明らかに疑いの眼差しをカナタへ向けていた事もありなるべく早く伝えなければと焦りの気持ちまで生まれてしまった。
「最初はリッコやスレイグさんたち、次にロールズさんかな。……俺の代わりの鍛冶師なんているんだろうか。いや、錬金術師もかぁ……」
錬金術師はリスティーや他にも職人ギルドに在籍している者がいるという事は聞いており、鍛冶師も鉱山開発が始まってから少しずつ集まってきている。
「……いや、ここを離れるなら今がいいタイミングなのかもしれないなぁ」
そんな事を考えながら作業部屋に入ると――
「カナタ君!」
「どわあっ!? な、なんですか、ロールズさん!」
「今日も仕事よ! 特別大量にね!」
「特別大量にって……うわぁ、マジで大量じゃないですか、これ」
出勤早々に辟易した声が漏れてしまうカナタ。その視線の先には大量に積み上げられた鉄に銀鉄に精錬鉄。
話を聞けば、ずっと止めていた他領への輸出を再開する目処が立ったのだとロールズは語る。
もうすぐ離れるかもしれない、とはこの場ですぐには言えず空笑いを発してしまったカナタだが、今は考えるだけ無駄だと最終的には思考を放棄してしまった。
「……いいでしょう、やってやりますよ!」
「その言葉を待っていたわ! 終わりそうなタイミングで追加も持ってくるからね!」
「はああぁぁあっ!? ちょっと、それは聞いてないですって!」
「今言ったから大丈夫よ! それじゃあ任せたわね!」
軽い感じでそう口にしたロールズはさっさと作業部屋を後にしてしまった。
残されたカナタは山積みにされた素材を目の前にしてしばらく止まっていたものの、気合いを入れ直してから作業を開始する。
昼休みを挟んでさらに追加された素材の錬金術を行いつつ、先にロールズに伝えないとヤバい事になるのではないかと思ってしまうのだった。
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