第82話:予定よりも早く
ライルグッドが剣を受け取ってから、さらに三ヶ月が経過した。
本来であれば一年という期間で鉱山開発を行う予定だったのだが、あまりにも順調に進み過ぎた結果――半年という半分の期間で開発が完了していた。
「……これは、さすがに予想外だな」
「……でも、良い方の予想外ですよね?」
スライナーダの南にある鉱山の麓には新たに宿場町が出来上がっており、冒険者ギルドも臨時で入っている。
採掘がメインではあるが、どうしても魔獣が出てくるので素材の売買がやりやすいと冒険者からは感謝の声があがっていた。
「あっ! カナタ君も来てたのね!」
「……リッコ? 私もいるんだが?」
「あ、お父様もお疲れ様です」
何故かスレイグにだけ素っ気ない態度を取るリッコは、片手に解体済みの魔獣素材を手に駆け寄って来た。
「お疲れ様、リッコ」
「今日も大量よ! それもこれも、この剣のおかげね!」
満面の笑みを浮かべながら腰に下げた剣をポンと叩く。
「あー……そう言ってくれるのはありがたいけど、先に冒険者ギルドに行った方がいいんじゃないか?」
「それもそうね! それじゃあ、また後で!」
「……リッコ? 私も――」
「お父様もねー」
最後も素っ気なく去っていったリッコを見送ると、スレイグは大きく肩を落としていた。
「何かあったんですか?」
「まあ、カナタ君がいるからだろうねぇ」
「お、俺ですか?」
「……気づいていないなら、今はまだいいかな」
思い当たる節がなく首を傾げてしまうカナタだったが、そのタイミングでウィルが冒険者ギルドの方から歩いてきたので声を掛けた。
「ウィルもお疲れ様」
「……あ、あぁ」
「よく働いてくれているようだね」
「……はい、領主様」
口調は変わらないが、それでもスレイグに対しては緊張しているのか表情が硬くなる。
「では、私はセルストーンスを見て回ろう。カナタ君はゆっくりしてくれ」
「はい、ありがとうございます」
この場に留まる理由もなく、スレイグは視察を兼ねて宿場町セルストーンスを見て回るために歩き出した。
「ウィルの大剣は調子どうかな?」
「……問題ない。むしろ、これ以外の剣はもう使えないと思う」
リッコとは違い背負っている大剣を手に取ると、刃こぼれ一つしていない刀身を眺めて満足そうに頷く。
「大事に使ってくれているんですね」
「もちろんだ。これがなければ、俺はこうして冒険者を続けられていないからな」
ウィルは鉱山開発が始まってから今日までの間に冒険者ランクをCランクに上げている。
FランクからEランク、Dランクに上がるのは誰でもできるのだが、Cランク以上からは大きな壁があるというのが冒険者の間では有名になっている。
そこを乗り越えてCランクに上がれたのを、ウィルはリッコのおかげだと口にした。
「……俺は口下手だから、なかなか他の冒険者と上手くいかなかった。だが、リッコは気にする事なく、付き合ってくれているからな」
「でも、リッコもウィルの事を褒めてたよ? 実力だけを見れば自分と同じくらいだし、魔法も加味したら自分以上だって」
「……それは、過剰評価が過ぎる」
リッコはBランク冒険者である。その彼女が自分と同等かそれ以上だと口にしていると聞いて、ウィルは恥ずかしそうに否定する。
「二人がパーティを組むなら、AランクやSランクも夢じゃないんじゃないか?」
「……いや、さすがにそれは無理がある……と思う」
「少しは可能性があると思っているんじゃないか?」
「……リッコの実力と、カナタの剣があれば、Aランクは可能かと思う事は、ある」
「ウィルの実力は?」
「俺はそこまで強くないからな」
自己評価があまりにも低すぎるウィルにカナタが肩を竦めると、リッコがこちらに戻ってきた。
「お待たせ! あれ、ウィルもいたんだ」
「あぁ。領主様は、見て回ると言っていた」
「そうなんだ。これからどうしよっか?」
「俺は仕事が残っているから戻るけど?」
「……カナタ君、いったいここに何しに来たの?」
仕事を残してこんなところに来たのかと少しだけ呆れてしまったリッコだが、理由を聞くと仕方がないのと申し訳ないのとで頭を下げてしまう。
「スレイグさんに一緒に行かないかって誘われたからな。さすがに断れないだろう?」
「……本当にごめんね」
「いや、俺は気分転換ができてよかったよ」
笑顔でそう返したカナタに苦笑を浮かべるリッコ。
ウィルも特に用事がないとなり、三人でスライナーダへ戻る事になった。
スライナーダとセルストーンスは馬車で一時間ほど、徒歩だと二時間以上は掛かるのだが、三人は歩いて移動することにした。
「乗合馬車もあるけどいいの?」
「あぁ。たまにはゆっくりと外の景色を見て歩きたいからな」
「……カナタは、忙しいのだな」
「まあ……うん、そうだな」
カナタの事情を知らないウィルは鍛冶師が忙しいのだと思っているだけだが、スライナーダを離れる事になると知っているリッコは一瞬だけ暗い顔になる。
それでも口にしないのは、これが王命だからだ。
「……残り、半年か」
そんな中で誰にも聞こえない小声で、何かを決意したかのようにそう口にしたリッコなのだった。
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