第81話:三ヶ月後……

 鉱山開発が始まってから三ヶ月が経過した。

 開発は思いのほか順調に進んでおり、未開発だったとは思えないほどに現時点でも大量の鉱山がスライナーダに運び込まれている。

 それもこれも、カナタが作り出した大量の武具のおかげだった。

 ロールズの思惑通り、カナタの仮の名前であるバントとフロックが作った武具は飛ぶように売れた。中には鉱山開発とは関係なくワーグスタッド騎士爵領を訪れて勝っていく者までいたくらいだ。

 そんな冒険者もどうせ来たなら一稼ぎをと鉱山開発を手伝っていく。

 このサイクルが完成したからこそ、三ヶ月という期間で結果を出すに至ったのだ。


 そして、そんなある日の事だった。


 ――コンコン。


 カナタが作業部屋で作業をしていると、突然ドアがノックされた。

 ロールズは武具の販売で忙しくしており、リッコは鉱山開発で外に出ている。

 わざわざ訪ねてくる人物はと考え、リスティーかなと立ち上がったカナタがドアを開けると、ドアの前には予想外の人物が立っていた。


「今、いいかな?」

「……え……えぇっ! で、でん――ぶふっ!?」

「……声に出さないでもらいたい。これでもお忍びなのでな」


 思わず『殿下』と口にしそうになったカナタの口を素早く塞ぐと、ライルグッドは小声でそう伝える。

 カナタが口を塞がれたまま何度も頷くと、ライルグッドはゆっくりと手を放した。


「……な、中へどうぞ」

「うむ」

「……グレイルード様も」

「私の事はアルフォンスとお呼びください」

「……は、はぁ」


 このまま部屋の外で話をしていると何かと問題だろうと思い中へ促すと、ライルグッドは空いている椅子に腰掛けた。


「君も座ればいい」

「は、はい」


 ライルグッドにそう言われれば座るしかなく、カナタは先ほどまで作業するために座っていた椅子に腰掛けた。

 目の前には大量の素材やインゴットが積み重なっているが、ライルグッドは意に介していなかった。


「鉱山開発、順調なようだな」

「は、はい。スレイグさんやリッコ、それにロールズや冒険者の皆さんも頑張ってくれていますから」

「そうだな。……一度、君の錬金鍛冶とやらを見せてくれないか?」

「私の、ですか?」


 突然の申し出にどうしたものかと一瞬考えたが、錬金鍛冶の事を知られている相手に隠しても意味がないと思い素直に頷く。

 今から作業に入ろうとしていた精錬鉄に手を添えると、どうせならライルグッドが手にするようなものをと形状をイメージする。


(王族が手にするような剣か。……豪奢なものがいいんだろうけど、殿下にはあまり似合わない気がするんだよなぁ)


 事実、ライルグッドが腰に下げている剣もシンプルであり、実戦を想定した切れ味をより重視したものであるとカナタは見ていた。


(……よし、決めた。素材の美しさで王族が手にするべきものを、そして切れ味は俺の錬金鍛冶で最大限まで引き上げる!)


 カナタの中で全てが繋がった瞬間――錬金鍛冶が発動した。

 精錬鉄は今まで見せた事のない輝きを放ち、カナタだけではなくライルグッドやアルフォンスもあまりの眩しさに瞼を閉じる。

 それでも添えている手を動かさなかったのは、これが今まで以上の作品になると確信を得ていたからだろう。

 どれだけ光が放たれていたのか、それは分からない。

 しかし、光が消えて作業台の上で輝きを反射させている剣を目にした時、カナタは今までの眩しさなど忘れてしまったかのように目を見開いてそれを見つめていた。


「……お、終わった、のか?」

「……そのようです、殿下」


 カナタに遅れて瞼を開いた二人は、カナタを見た後にその視線の先にある剣へ目を向ける。


「……こ、これは!」

「……素晴らしい」

「……はい。これだけの剣は、初めて作る事ができました」


 そう口にしながら立ち上がろうとしたカナタだったが、腕に力が入らずにガタッと音を立てて作業台に突っ伏してしまう。


「カナタ!」

「カナタ様!」

「……す、すみません。ただの魔力枯渇なので、お気になさらず」


 無理やりに笑顔を浮かべてみたが、それが強がりだとは当然バレておりアルフォンスが後ろに回って肩に手を回してくれた。


「す、すみません、アルフォンス様」

「いえ、ご無理を言ったのはこちらですから」


 体を起こして背もたれに体を預けるとようやく一息つく事ができた。


「……ありがとうございます」


 深呼吸を繰り返しながら息を整えると、カナタは改めて出来上がった剣を見つめる。

 カナタの視線を受けて、二人も再び剣を見た。


「……カナタ、これはもしや?」

「あー……はい。殿下が目の前にいらっしゃったので、王族でも手にできるような剣をと……も、もちろんそのような剣が今の私に作れるとは思っていません! 傲慢であると言われるかもしれませんが、目標はできるだけ高く持とうと……って、殿下?」


 カナタの言葉を受けてなのか、ライルグッドは立ち上がると自らの手でカナタが作り上げた剣を取った。


「で、殿下?」

「……これは俺のために作ってくれた剣で、間違いはないな?」

「……は、はい」

「そうか……では、これは俺がいただこうか」

「……えぇっ!? で、でも、これでいいんでしょうか?」

「もちろんだ。俺はこれに並ぶ剣を数本しか見た事がないからな」


 王族の横暴だと思う者もいるだろうが、ライルグッドの頭の中ではカナタを取り巻く状況が好転するようなシナリオが組み上げられていた。


「アルフォンス、お前ならこの剣にいくら払う?」

「私なら……個人で払う事はできませんが、最低でも白金貨は必要かと」

「だろうな。これは――一等級品だ」

「…………は、白金貨!? それに、一等級品!!」


 その後、しばらくの間カナタは無言のままライルグッドが手にする剣を見つめ続けるのだった。

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