第80話:リッコとの約束

 そして、その日の夜。

 夕食を終えたカナタはリッコに声を掛けて部屋に来てもらった。


「どうしたの、カナタ君?」

「いや、その……」

「……はっ! ま、まさか……わ、私にも、心の準備が……!」

「違うからな! そういう冗談はもう止めろよ!」

「……そ、そうなの?」

「……はあ?」

「「……え?」」


 お互いに見つめ合い、何が起きているのか分からないと言った声を漏らす。

 しばらくそのままだったのだが、恥ずかしさに耐える事ができずに同時に顔を逸らした。


「……そ、それで! 今日はどうしたのかしら?」

「そうだ! えっと、リッコとの約束を果たそうと思ってね!」

「……約束?」

「……お前、忘れてたのか?」

「……なんの事?」


 まさか本当に忘れていたのかと内心でため息を漏らしつつ、カナタは剣を包んだ布を取り出した。


「これ」

「これは?」

「……ワーグスタッド騎士爵領に連れてきてもらった、そのお礼」

「……あ」

「言ってただろう? キラーラビットの魔石を使ったお礼をするって」

「という事は、これがその剣なの?」


 リッコの言葉に大きく頷いたカナタは、布を前に突き出した。

 布を受け取ったリッコはテーブルに乗せると、丁寧に包みを外していく。

 柄、鍔と見えてきて、最後に刀身の部分が。

 全ての包みが外されると、リッコの視線は剣に釘付けになっていた。


「……凄くきれい。これ、持ってもいいかな?」

「も、もちろん!」


 どのような評価が下されるのかと緊張しているカナタだが、彼の様子にすら気づかないくらいリッコは剣に集中している。

 柄を握り持ち上げると、不思議なくらい手に馴染んでいる。

 周りを確認しながら軽く振ってみた。


「……手に馴染むし、とても軽い」


 その後も何度か素振りを繰り返し、しばらくしてゆっくりと剣を下した。


「……ど、どうだ?」

「……」

「…………リ、リッコ?」

「……最高!」

「え?」

「この剣、最高だよ、カナタ君!」


 素振りしていた時の真剣な表情とは一変して満面の笑みを浮かべたリッコは、剣をテーブルに置くと迷わず抱きついてきた。

 大きなふくらみが自分の胸に押し当てられてしまい、カナタは体を硬直させてしまう。


「ちょ!? リ、リッコ!!」

「本当にありがとう! これ、本当に貰ってもいいの? 私が貰っていいのかな!」

「い、いいから! 満足してくれたなら本当にいいから! 離れてくれよ!」

「んもー! 恥ずかしがらないの! 本当に嬉しいんだから!」


 二人が騒いでいたからか、カナタの部屋のドアがノックされた。


『――カナタ君、どうしたのだ?』

「な、なんでもありません! スレイグさん!」

「お父様! カナタ君が凄いのよ!」

『――……そうか、私は何も聞いていないよ、うん。存分にやりなさい』

「ちょっと、スレイグさん!?」

『――まあ、息子たちもいるから静かにしてくれると助かるが』

「盛大な勘違いは止めてくださいよ!」


 リッコの拘束をなんとか脱したカナタがドアを乱暴に開けると、視線を遠くに向けているスレイグだけではなく、聞き耳を立てているアンナの姿まであった。


「……アンナさん?」

「あらあら~、まあまあ~……いいのよ~?」

「違いますから! リッコが騒いでいたのは剣のせいですよ!」

「……どの剣?」

「下を見ない! テーブルの剣しかありませんよ!」


 顔を真っ赤にしながらテーブルを指差すと、二人の視線はやや下の方向からテーブルに向く。


「これ! これよ、お父様、お母様!」


 興奮したままの剣を手にしてドアの方へやって来たリッコ。

 そして、剣を間近で見た二人は目を見開いてカナタと剣を交互に見ていた。


「……こ、これを、カナタ君が?」

「……あら~……まあ~」

「凄いでしょ? 凄いわよね!」

「……婚約剣?」

「スレイグさん! 婚約指輪みたいに言わないでくださいよ! お礼ですから、お礼!」


 剣の評価がずっと気になっていたカナタだが、リッコだけではなくスレイグやアンナの反応を見ても問題ないのだとホッとしている。


「だが、カナタ君よ。この剣は……相当に高い等級の剣なのではないか?」

「あー……俺の目利きで申し訳ないんですが、たぶん三等級品だと思います」

「「「……さ、三等級品!?」」」


 剣が三等級だと聞いた三人は驚きの声をあげていた。

 カナタもできた時点では興奮のあまり気にしていなかったが、後からじっくり剣を目利きしてみると声にならない声を出してしまったほどだ。


「……俺も驚きました。でも、これはリッコとの約束だし、キラーラビットの魔石も使ってるから貰ってくれないと困るからな」


 仕上がりは完全に予想外だったが、三人の様子を見ると満足してもらえたようでホッとする。

 しかし、スレイグとアンナまでが騒いでいる状況は完全に予想外であり、緊張していた自分がバカバカしく思えてしまう。


(……でもまあ、よかったのかな)


 とはいえ、緊張してばかりの状況よりもこうして賑やかに褒めてもらえた方が心地よいと思えていた。


「ほんっっっっとうにありがとう、カナタ君!」


 そして何より、リッコの笑顔を見れただけでカナタは大満足なのであった。

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