第73話:カナタの希望

 ライルグッドの言葉は王命であり、ここで逆らおうものならどのような処罰が下るかは明白――極刑だ。

 隣ではスレイグとアンナが心配そうにカナタを見つめていた。


「……許す、言ってみよ」

「あ、ありがとうございます。……私は、王命に逆らうつもりはございません。王都へ向かう事も問題ありませんし、そこで私の力が必要だというのなら存分に働かせてもらいます。……ですが、私はまだ、私を助けてくれたワーグスタッド騎士爵家の皆様に恩返しができていないのです」

「ふむ……では君は、ワーグスタッド騎士爵に恩返しが叶うまではこの地を離れたくない、という事か?」

「そうです」


 前のめりになっていたライルグッドが背もたれに体重を預けると、笑みを浮かべていた表情が一変して鋭い視線をカナタへ向けた。


「……貴様、王命を舐めているのか?」

「舐めてなどおりません。ですが、心ここにあらずの状態で殿下たちが満足いく結果を出せるとは到底思えないのです。……私は、まだまだ未熟な職人ですから」

「……それが、貴様の本音か? 違うだろう?」


 まるで心の内を見透かされているような視線に、カナタは上辺だけの言葉では――想いでは説得は難しいとすぐに理解した。


「……それも本音です。ですが、一番の理由は、私が私を許せないのです」

「君が君を? どうしてだ?」

「助けてくれた人たちに報いる事のできない人間が、どうして殿下たちの期待に応える事ができるでしょうか。私は、このワーグスタッド騎士爵領に新たな産業を生み出すまでは離れる事ができないのです」

「それは巡り巡ってアールウェイ王国の利益になる、そう言いたいのか?」

「……そうですが、私にとってはやはり、ワーグスタッド騎士爵領に報いる事が第一になってしまいます。スレイグさんの娘さんがいなければ命を落としていたはずですし、こうして自分の力で稼げているのもスレイグさんのおかげですから」


 国の事を第一に考えていない国民をライルグッドはどう思うだろう。力づくで王都へ連れて行き錬金鍛冶をやらせるのだろうか。

 そうなればそうなったでカナタは必死に錬金鍛冶を行うだろう。自分が生きるために。そのためにブレイド伯爵領を出たのだから。

 だが、生きるために錬金鍛冶を行うとしてもその心はどうなるだろう。このままではカナタが口にした通り、心ここにあらずのまま力を行使する事になる。それではブレイド伯爵領にいた頃と変わりないかもしれないのだ。


「お願いします、殿下! 私はどうなろうと構いません。どうか、スレイグさんたちに報いさせてください!」


 椅子から立ち上がり頭を下げたカナタ。その体は小刻みに震えている。


「カナタ君、我々はそのように思ってなどいないよ?」

「そうよ~。あなたはもう、私たちの子供だと思っているのだからね~」


 そんなカナタの頭を優しく撫でるスレイグとアンナ。


「……殿下。カナタ君はこのように申しておりますが、私は彼を丁重に扱ってくれるのであれば、そして彼が同行に同意してくれるのであれば、王都へ向かう事を了承いたします。ですが、彼を力づくで連れて行き、粗悪な環境で酷使させるようならば、如何に王命であっても私は断固拒否させていただきます」

「ス、スレイグさん!」

「私は、自分の子を見捨てるような真似だけは絶対にしたくありません! それをするくらいならば、子を守るためにこの命を散らしても構いません!」


 真っすぐにライルグッドを見つめるスレイグ。互いの視線がぶつかり合い不穏な空気がリビングに広がっていく。

 頭を下げたままのカナタにもその空気は伝わっており、噴き出した汗が鼻先を伝いテーブルに滴っていた。


「……全く。ここまで言われてしまうと、無理やり連れて行くなどできないじゃないか」

「……え?」

「俺はこれでも国民に寄り添う王政を目指している。それはスレイグも知っているだろう?」

「はい、殿下」

「……お前、それを知っていての発言だったな?」

「加えて申し上げれば、この場も殿下であればという思いもあってご用意しました」

「……えっと、スレイグさん?」

「うふふ。顔を上げていいわよ、カナタ君」


 頭を下げたまま前に横にと視線を移していたカナタだったが、アンナからそのように言われて困惑したまま顔を上げて腰掛けた。


「カナタ・ブレイド」

「は、はい!」

「お前の想いは確かに受け取った。しかし、時間は有限だ。なんの考えもなくワーグスタッド騎士爵領に報いると口にしたわけではあるまいな?」

「……はい」

「では聞かせてもらおうか。君が考えている、ワーグスタッド騎士爵領に報いる方法を」


 そう口にしたライルグッドの視線は鋭いものから、カナタを見定めるものへと変わっていた。

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